第51回日本SF大会 Varicon2012(ヴァリコン)

~第51回日本SF大会 Varicon2012~
       -The 51st Japan SF Convention-
開催日:2012年7月7日(土)~8日(日)
会 場:合宿の宿 ひまわり (北海道夕張市)
※本大会は「完全合宿制」です。


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 05 北海道SF論 第一回 久間十義『魔の国アンヌピウカ』および『オニビシ』(ともに新潮社)(中)


※「前」(http://www.varicon2012.jp/taizen.php?no=04)より。

 振り返ってみれば「サイバーパンク」と冠して売りだされた処女作『マネ
ーゲーム』(1988年)は豊田商事事件を下敷きとし、続く『聖マリア・らぷ
そでぃ』(1989年)はイエスの方舟事件を題材としていた。久間十義はそれ
らの事件をリアリズムの手法で辿り直しながら――第3回三島由紀夫賞を受
賞した『世紀末鯨睨記』(1990年)がモチーフとしたハーマン・メルヴィル
の『白鯨』がごとくに――事件に巻き込まれた個々の状況をリゾーム状に多
層的なものとして再構成していくことで、高度資本主義社会の名状しがたき
病理がいかなる「構造」をなしているかを、素朴なリアリズムでは辿り着く
ことのできない一種の啓示として伝達させるのを得意とする書き手であっ
た。UFO騒動と御料牧場建設に伴うアイヌ版「涙の道」。これほど久間十義
の作風に見合った題材もそうあるまい。加えて、テクストに充溢したスペキ
ュレーションは、題材にしろ筆致にせよ、徹頭徹尾リアリズムの方法論を基
体としているからこそ、およそ忘れがたい衝迫を読者へもたらすものとなっ
ている。

 現在、久間十義は『刑事たちの夏』(1998年)や『ダブルフェイス』
(2000年)のヒットにより、精緻な下調べと大胆なアクションを基軸とした
社会派エンターテイメント作家とみなされることが多くなっている。だが、
警察小説で辣腕の書き手だと思っている読者は、『魔の国アンヌピウカ』や
『オニビシ』を読むと、さぞかし呆気に取られることだろう。リアリズムが
突き詰められた結果、制御しきれなくなったリアリズムが現実そのものを熔
解させていく光景を、小説を介して追体験することになるからだ。そう、
『魔の国アンヌピウカ』で書かれたことは、言葉の厳密な意味でのフィクシ
ョンではない。バブル経済が崩壊した後の、1990年代の北海道における現実
そのものなのだ。

 『魔の国アンヌピウカ』後半では、心霊療法「トゥス」と、それによって
もたらされた現実認識の変容が語られる。これは――『オニビシ』に記され
た「「オニビシ」や「美沙子フチ」をめぐる魂の遍歴、そしてアイヌプリ
(アイヌ式生活様式)に秘められた重層的感受性」(平岡篤頼(*4))と相
俟って――まさしく自然主義の延長線上としてのSFと呼ぶほかない読後感を
与えてくれる。『魔の国アンヌピウカ』および『オニビシ』は、処女作以
降、久間十義が追い求めてきたヴィジョンの根源を示しつつ、彼のルーツが
奈辺にあるかを確認させてくれるという意味において、久間十義作品の中で
も頂点をなす2作となっているだろう。

 久間十義は生まれてからの15年間を新冠町で過ごした(『オニビシ』では
その経験に題材をとった「語り」も採用さている)。中学校卒業後、彼は
(札幌市内で最も偏差値の高い)札幌南高等学校へ進学し、やがては上京し
て早稲田大学第一文学部フランス文学専修で学ぶことになる。だが、1953年
生まれの彼が小学校・中学時代を過ごした1960年~70年頃は、ちょうど、
「ヤマト」の立場に自らを置きつつも終生アイヌの問題を重要なテーマとし
続けてきたアヴァン・ポップ作家、向井豊昭が小学校教員として勤務しなが
ら小説を書きつつ、アイヌの子どもたちに関する社会運動に身を投じていた
時期と重なり合いを見せている。

 向井豊昭は、前述した「御料牧場」のすぐそばに位置した静内町立御園小
学校(*5)より教員としてのキャリアをスタートさせ、後には新冠町立新冠
小学校にも赴任している。静内町や新冠町は、北海道の中でもアイヌの人口
の割合が、特に多い地方であった。向井豊昭は、小学校の教室でアイヌの子
どもたちと実際に向き合わざるをえない状況に日々置かれていたがゆえ、そ
の矛盾を出発点にして小説を書き始めた。当時の向井豊昭も寄稿した文芸誌
「日高文芸」元編集の(編集業務を鳩沢佐美夫より引き継いだ)盛義昭の言
うところでは、向井豊昭が受け持っていた子どもたちは、当時のアイヌの部
落(コタン)でも相当な奥地にあり、さらには最も貧窮していた層に属して
いたという。向井豊昭の処女作「御料牧場」(1966年)は、まさしく「心臓
が二つある河」で示されたアイヌの強制移住にまつわる歴史についての調査
行より幕を開けるものだった。また、向井豊昭が綴方教育の方法論をもっ
て、子供たち自身の言葉で記録したアイヌの姿を報告している文書「北海道
に於ける文化財保護の特殊性」(1969年)(*6)では、アイヌ系の子どもの
自身の手によって、仲間であるはずのアイヌが「いやなかお」や「きちが
い」と書きつけられるという衝撃的な様子が伝えられている(*7)。

 向井豊昭と必ずしも同じ光景を目にしていたとは限らないものの、アイヌ
をめぐるこのような状況が、最も感受性の豊かな時期の久間十義に少なくな
い影響を与えていたと考えることは難しくない。だからこそ、久間十義は
「富産別」なる自分だけの部落(コタン)を創造し、そこで近代における
「アイヌ」をめぐる悲劇の実態を再検討しようとしたのであろう。そう考え
れば『魔の国アンヌピウカ』でアイヌと近代の「開発」をめぐる問題を――
たとえば平取町における二風谷ダム闘争をも想起させる――問題系として捉
えることも可能であるし、さらには『オニビシ』で、シャクシャインに敵対
した「酋長」の「オニビシ」を中心に据え、「明治初期のキリスト教と法華
宗との競合、天皇家の御料牧場造営のためのアイヌ原住民の強制移住、野性
の大麻や芥子の採取、富産別川の砂金に目をつけてゴールドラッシュの再来
をもくろむいかさま師たちの暗躍、あるいはもっと現代に近くなって、競走
馬の生産が進むとともに偶然馬喰となり、各地を遍歴しながら女を漁って歩
くシャモアイヌ(和人との混血児)の回想」(*7)といった多様な物語が提
示されたことの意味も、明らかとなるだろう。

 →続きは「後」(http://www.varicon2012.jp/taizen.php?no=06)へ。

【脚注】
(*4)平岡篤頼「アイヌ民族と内側から見た開拓史の裏面──その伝説と風
俗との境界」(http://www.bk1.jp/review/0000004776)、2003年。
(*5)静内町立御園小学校の卒業生が、同校についてのホームページを作成
しており
(http://wilddeikou.web.infoseek.co.jp/primay%20school/schooltop.htm
)、その周辺の状況をわずかながら垣間見ることができる。
(*6)「北海道の文化」15号、北海道文化財保護協会、1969年、22~23頁。
(*7)向井豊昭とアイヌの関わりについては、筆者が「未来」(未來社)
2012年1月号より連載している「向井豊昭の闘争」にて主題的に触れている
ので、参照されたい。


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