第51回日本SF大会 Varicon2012(ヴァリコン)

~第51回日本SF大会 Varicon2012~
       -The 51st Japan SF Convention-
開催日:2012年7月7日(土)~8日(日)
会 場:合宿の宿 ひまわり (北海道夕張市)
※本大会は「完全合宿制」です。


申込み 交通 スタッフ募集 企画募集 ディーラーズ 質問と回答

星雲賞投票受付終了

  • 星雲賞の投票受付は終了しました。
    皆様、投票有難うございました。

プログレスレポート


北海道SF大全


オプショナルツアー

   ・植松電機ツアー定員に達したため募集終了。

ゲスト


広告スポンサー募集!


その他

運営スタッフ紹介


リンクバナー
リンクバナー


リンク

こいこん(第52回/来年)
第52回 日本SF大会 こいこん


ドンブラコンL(第50回/去年)
第50回 日本SF大会 ドンブラコンL


北海道SF大全

 07 北海道SF大全 第三回 『謀殺のチェス・ゲーム』山田正紀(ハルキ文庫、他)


 SF評論賞チームの新メンバーの渡邊利道さんをご紹介いたします。
 渡邊利道さんは、「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』」論で、
第7回日本SF評論賞優秀賞を受賞された方です。以前より、オンライン書店
ビーケーワンに犀利なレビューが掲載され、またSpeculative Japan、TOK
ON10公式ブログ、Analog Game StudiesといったSF系ウェブサイトにも寄稿
いただき、文学フリマ等での同人活動も積極的に行なっておられた方です
ので、お名前をご存知でいらっしゃる読者の方も多いものと思います。
 その膨大な読書経験から繰り出される流麗な論考を、どうぞお楽しみくだ
さい。
 知る人ぞ知る個性的な経歴も相俟って、まさに“在野の知性”の佇まいを備
えている渡邊利道さんですが、今後はプロダムでの快進撃が始まります!
                            (岡和田晃)

『謀殺のチェス・ゲーム』山田正紀(ハルキ文庫、他)

 1976年に発表された本作は、処女長篇がSFマガジンに一挙掲載され驚異的
な新人SF作家として登場した山田正紀が、最初に一般文芸の世界ではなった
スマッシュ・ヒットである。
 北海道奥尻沖で消息を絶った自衛隊の次世代哨戒機PS-8をめぐって、最新
のゲーム理論を駆使する若きエリートたちである新戦略専門家(ネオステラ
ジスト)のリーダー宗像一佐は、PS-8導入を押し進めた自衛隊内部で彼らに
敵対する保守派「愛桜会」との覇権争いを視野に入れ、事件の解決にのり出
し、その背後に元同僚で酒に溺れ脱落した天才藤野の存在を見出す。かくし
て、二人の天才の驚天動地の頭脳戦がはじまる!……というメインストーリ
ーに、現場でメカ&肉弾戦を演じる立花と佐伯という二人の怪物のアクショ
ンや、小説にさわやかな花を添える少年少女の淡いロマンスと彼らを追う暴
力団の抗争といった要素も配して、北海道にはじまって沖縄の離島まで日本
列島を縦断するサービス満点の痛快娯楽アクション小説だ。
 山田正紀の作家的野望を示すものとして人口に膾炙した名言に《想像でき
ないことを想像する》というキーワードがある。これは前述のデビュー作
『神狩り』で、ヴィトゲンシュタインの論理学を背景に、二つの論理記号と
十三の関係代名詞による「神の言語」という設定を登場させ、神という「想
像できない」ものを見事に描き出したときに、おそらくは『論理哲学論考』
の命題7を意識してそのあとがきで述べられたものだが、この言葉が意味す
るのはいったいどういうことなのだろうか。
 一般に想像力とは、いまここには不在のものを、自己の心のうちで映像と
して思い浮かべる能力のことである。何かを想像するためには、その何かの
かたちをまず先に知っていなければならない。逆にいえば、未知のものを想
像するとき、人は、つねにその未知のものを既知のものに置き換えて思い浮
かべる(たとえば妖怪やモンスターの形象を考えれば、それがいかに動植物
に由来するか容易に理解できよう)。山田正紀は、そのような本来映像的な
「想像力」を、具体的なイメージが不在のままで、いわば件のウィトゲン
シュタインによる《語りえぬものについては沈黙しなければならない》とい
う命題が、形而上学の終焉という誤解を与えながら、本来的には、論理学的
に語りうるものを最大限明晰に語ることによって、語りえずただ示されるこ
とのみが可能であるような領域をまさに『論理哲学論考』という述作によっ
て示すのが彼の哲学の実践であったように、言語のロジックの力によって、
事実を凌駕する可能世界/フィクション的な出来事として、イメージが不在
のままで語りきってしまうのである。
 想像という言葉を使っておきながら、実際には山田正紀は根っから抽象的
な「言語」に取り憑かれた作家なのだ。
 この『謀殺のチェス・ゲーム』でも、一見するとSFではないかのように見
える冒険アクション小説を支える「ネオステラジスト」というアイディアは、
数学におけるゲーム理論を、ちょうど『神狩り』における論理学と同じよう
に、事実にとらわれない虚構的な可能世界を現出させるものとしてSF的に利
用し、現実をゲームに変容させるガジェットとして物語を推進しているのだ
が、いうまでもなく何故それが可能なのかといえば、それは「数学」という
ものが「言語」だからである。この小説に同時代の多くの冒険小説と異なる
一種の抽象性を付与しているのは、言語の持つイメージを超克する(想像で
きないことを想像する)力なのだ。
 実際山田正紀の抽象性というのはここでは徹底していて、たとえば自衛隊
の新鋭機が北海道で奪取されるという事件に、ソビエトやアメリカという存
在がゲーム上の要素としてしかまったく登場しないことや、物語の冒頭が、
例年にない寒さを告げながら「薄野」という男たちの欲望が酒色に向う「銀
座と変わりがない」場所として提示されていることからも窺い知ることがで
きる。ウィトゲンシュタインやゲーム理論がSF的に現実を変容するアイディ
アの素材に過ぎないように、この作家の物語に登場する「北海道」や「沖縄」
や、さらには「ソビエト」や「米軍」でさえもまた、小説の背景を為す素材
として作中に投じられる、生々しい具体的な歴史から漂白された想像力の記
号なのである。
 山田正紀がデビュー以来「SFの申し子」としての地位を恣にしているの
は、おそらくこの抽象性が、いわゆるSF的想像力の冷酷(仲正昌樹)や無責
任さ(瀬名秀明)と強く響きあっているからだろう(註)。
 北海道を舞台にしたほとんどの作品が、その歴史性や土俗的な心性や地政
学的な問題から主題や物語を引き出しているのに比べれば、山田正紀の抽象
性は驚くべきものであり、「北海道SF」としてその作品を読み直してみるこ
とで、読者はSF的想像力の一面を再確認できるのではないだろうか。
                            (渡邊利道)

(註)『3・11の未来 日本・SF・想像力』笠井潔・巽孝之監修、海老原
豊・藤田直哉編集(作品社、2011年)所収論文仲正昌樹「SFは冷酷である」
瀬名秀明「SFの無責任さについて」参照。


Varicon2012実行委員会 事務局
〒173-0033 東京都板橋区大山西町16-7 1階
FAX: 03-6413-6422
E-Mail: mimori●varicon2012.jp
※spamメール対策のため、送信時は「●」を「@」に置き換えてメールください。