第51回日本SF大会 Varicon2012(ヴァリコン)

~第51回日本SF大会 Varicon2012~
       -The 51st Japan SF Convention-
開催日:2012年7月7日(土)~8日(日)
会 場:合宿の宿 ひまわり (北海道夕張市)
※本大会は「完全合宿制」です。


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 16 北海道SF大全 第九回 星野之宣「ヤマタイカ」(潮ビジュアル文庫)


星野之宣『ヤマタイカ』

 月刊雑誌「歴史とロマン」の記者・石上明は、日本各地の秘祭を取材する
ために、沖縄の斎場御嶽(せーふぁうたき)を訪れて、そこで歴史研究家・
熱雷草作(あたらい・そうさく)と出会う。草作は、斎場御嶽の東に浮かぶ
久高島で、六十年に一度執り行われるという秘祭の中の秘祭、「ヤマトゥ・
祭(マテイ)」の現場に居合わせることを目的にして沖縄にやって来たのだ
った。一方、熱雷草作とともに日本中を旅している息子の岳彦は、御嶽近く
の浜辺で、伊耶輪神子(いざわ・みわこ)という女性と知り合う。神子は、
沖縄の神女(ノロ)たちの頂点に立つ伊耶輪家のひとり娘で、「ヤマトゥ・
祭」の主役をつとめ、沖縄創世神話の女神アマミクの地位を継ぐべく定めら
れていた……。

 1992年、第23回星雲賞のコミック部門を受賞したこの伝記SFについて
は、読者のみなさんの注意をうながすまでもなく、大傑作の評判をほしいま
まにしています。しかし、沖縄の秘祭からはじまるこの作品がどうして北海
道SFなのか。この漫画をお読みになったことのない方の中には、不思議に
思われる向きもいらっしゃるかもしれません。だからと言って、あまりこの
漫画のストーリーをしゃべりすぎてしまうと、未読の方たちから楽しみを奪
うことになりかねません。何しろこの作品の醍醐味は、日本古代史の謎が材
料にされながら、首尾一貫した歴史像が組み立てられていく様子を眺めるこ
とにあるわけですから。しかしながら、解説の都合上、どうしても多少のネ
タバレが必要になるので、その点だけご了承いただいて、以下の記事を読み
進めていただければと思います。

 さて、この物語を駆動するメインテーマとして「火の民族仮説」という歴
史理論が、作中でたびたび言及されます。すなわち、有史以前、火山を祭っ
て火山の近辺に定住するライフサイクルを繰り返していた「火の民族」が、
火山の噴火活動に導かれながら、環太平洋火山帯を北上し古代日本列島にま
で至って、原日本人=縄文人となったという仮説です。しかし、この原日本
人の居住域は、中国から朝鮮半島を経由して南下してきた渡来系の民族によ
って東西に分断され、東は蝦夷に、西は熊襲、隼人、あるいは琉球に流れて
いきました。そして、渡来人たちに席巻された火の民族が、九州に築いた最
後の国こそ邪馬台国でした。そこで物語は、邪馬台国の女王・卑弥呼の死
後、一方で卑弥呼に仕える古代巫女たちは琉球・久高島へと追放され、他方
では邪馬台国が東遷して近畿一円にヤマト王国を築き上げるというラインを
追いかけることになります。

 要するに、この『ヤマタイカ』という物語は、「縄文人の文化の残響を受
け継ぐ沖縄の創世神話の源泉は、じつは邪馬台国にあった」という展望のも
とで進行していくのですけれど、沖縄と対をなすもうひとつの縄文文化の直
系の子孫として、北海道のアイヌ文化が非常に重要な役割を担います。じっ
さい、作中で作者に成り代わって「火の民族仮説」の解説役をつとめる熱雷
草作は、アイヌの血を引いていて、「熱雷(あたらい)」という名字自体が
あのアイヌの抵抗者・「阿弖流為(アテルイ)」に由来するのだと語ってい
ます。
 つまり、沖縄が、舞台の上でスポットライトを浴びる表の主役だとするな
ら、北海道は、舞台裏で上演をコントロールする演出家、つまりは影の主役
に当たるのです。

 ただ、正直に告白すると、ぼくには日本古代史についての知識は無いも同
然なので、この「火の民族仮説」の妥当性をうんぬんすることは手に余りま
す。けれど、じつのところ、「火の民族仮説」が歴史学的に正しいかどうか
は問題ではありません。むしろぼくたちとしては、星野之宣先生が、沖縄と
北海道とが、ともに縄文文化の正統な嫡子であるというアイデアを発想する
に至った動機のほうに興味が湧くからです。なぜ星野先生は、沖縄から始ま
るこの物語に、北海道を巻き込まずにはいられなかったのでしょうか? 

 この問題を考えるとき、そのヒントとなるのは、おそらく、縄文系の国家
である邪馬台国が渡来系の農耕文化を中心に据えるヤマト王国に取って代わ
られたという発想です。「火の民族」を駆逐して、日本列島の主権を掌握す
るに至った渡来系の民族は、作中で「日の民族」と呼ばれます。ダジャレめ
いてはいますけど、同じ「ヒ」という音でありながら、「火」が「日」に取
って代わられたという点に、星野先生は、重要な意味合いを込めているので
す。同様のモチーフは、作中のさまざまな箇所で繰り返されます。たとえ
ば、邪馬台国の女王・卑弥呼は、日本神話の中で、火山女神イザナミに、さ
らにはアマテラスに書き換えられることで、「日の民族」の最高神に祀りあ
げられたとされます。あるいは、物語の中では、「日の民族」の代表として
国家鎮護に励む仏教勢力が敵役をつとめますけれど、彼らが奉じる不動明王
は、『ヤマタイカ』の原型となった『ヤマトの火』という作品では、インド
で強熱的な祭りを司るシヴァ神や、火山暴風神ルドラや、ギリシャの狂乱の
神ディオニュソスに通じると説明されています。
 つまり、「火の民族」の本質である火山と狂乱の祭りというモチーフを渡
来系の文化が上書きして規範化したその結果、不動明王が生まれたというわ
けです。

 したがって、沖縄と北海道は、本土の政治体制によって上書きされ、忘却
されてしまった民族文化の中でかつて生きていたという点で、同一の歴史を
共有していると言えます。そして、北海道の釧路市に生まれ育った星野先生
が「火の民族仮説」を発想した源泉は、まさにこの上書きされてしまったア
イヌ文化への哀惜のまなざしにあると考えたとして、これはそれほど穿った
解釈ではないとぼくは思うのですけれど、読者のみなさんはいかがお考えに
なるでしょうか。

 中央の文化によって隠蔽されてしまった少数民族の歴史を――たとえ、
「フィクションの中で」という条件のもとでのことにせよ――再生させると
いう意志が「火の民族仮説」の背後にあると考えるなら、星野先生が『ヤマ
トの火』以来、古代日本史に強い関心を寄せるようになった理由も理解可能
になります。
 星野先生がやろうとしていること、それは、多数派の歴史によって塗り潰
されてしまった少数派の歴史を再構築することで、多数派の歴史を塗りかえ
してやろうとする挑戦です。アマテラスの原型がじつは縄文国家の女王であ
る卑弥呼だったというストーリーによって何が変わるのか。それはつまり、
支配層の起源の位置を被支配層が占有するというねじれによって、あらゆる
支配関係が無効化される可能性が生まれるということなのです。農耕文化に
よって富の貯蓄と貧富の格差とが生まれ、軍事力が誕生する以前の自由な神
話世界を過去に設定して、この原神話をあらためて取り返そうとする身振り
の中で、現代の閉鎖性を打破する。それが、星野先生が描き出そうとする
「祭り」の本質に他なりません。

 同時に、星野先生の見通しがかくも広大なものであることによって、『ヤ
マタイカ』のテーマは、縄文系と弥生系の民族対立という狭い枠組みを超え
出て、日本そのものを問い直すという問題意識の地点にまで拡張されざるを
えません。
 それが、作中で、日本全土が「ヤマト」と呼ばれ、「日本」という国家体
制が否定の対象とされ続け、アメリカが打倒すべき支配体制の象徴とされる
理由です。日本はかつて日の丸というシンボルのもと戦争に挑み、取り返し
のつかない犠牲を出しました。しかし、星野先生のまなざしのもとでは、太
平洋戦争の終結後も、中央の政治によって地方が圧迫され、アメリカによっ
て日本が圧迫されているといういみで、依然、日本の戦争は継続しているの
です。そして、この根源的な戦争への抵抗として、星野先生が持ち出すのが
狂乱の祭りなのであって、あらゆる戦争を打ち消す戦争を描くというこの気
宇壮大なテーマをみごと完結させたという点で言えば、『ヤマタイカ』は、
けして『ヤマトの火』を水で薄めただけの作品ではなく、かけがえのない固
有の価値を宿していると言えるでしょう。(横道仁志)


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