第51回日本SF大会 Varicon2012(ヴァリコン)

~第51回日本SF大会 Varicon2012~
       -The 51st Japan SF Convention-
開催日:2012年7月7日(土)~8日(日)
会 場:合宿の宿 ひまわり (北海道夕張市)
※本大会は「完全合宿制」です。


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北海道SF大全

 18 北海道SF論 第三回 荒巻義雄「大いなる正午」試論(徳間文庫『柔らかい時計』所収)




 北海道における樋口一葉研究の第一人者として知られる木村真佐幸は、批
評書『北海道文学の周辺』(一九七七年)において、同書の序文を著した和
田謹吾の評論書『風土の中の文学』(一九六五年)を援用する形で、「北海
道の風土が持つ本質的なものは何か」、あるいは「北海道の風土の中に生ま
れた文学とは何か」という問いへの応答を開始している。

 木村真佐幸によれば、北海道の風土の本質と文学を論じるにあたり、和田
謹吾は、北海道文学を区分するところから分析を始めたという。彼は「I 
単に北海道を舞台にするだけの作品群」、「II 北海道の植民地的な異国情
緒を主とする作品群」、「III 北海道の地理的自然環境に育まれた作品
群」、「IV 北海道の歴史的環境に育まれた作品群」という四つの区分から
北海道文学を論じたが、木村真佐幸はこのIII・IV分類から「その本質を剔
抉」するという形で、国木田独歩や有島武郎といった北海道にゆかりのある
作家の文業を追いかけてゆく。

 また、木村真佐幸は、北海道大学教授(当時、二〇〇四年の逝去時には北
大名誉教授)の野田寿雄の言説についても紹介を行なっている。野村寿雄に
よれば、北海道には「アイヌ文化」、「松前文化」、「北海道開拓に伴う文
化」という三つの特異な文化が三つ存在するという。木村真佐幸は、この野
田寿雄の「文化」区分を“いずれも北海道の自然的社会的歴史的風土”にあ
たると総括している。

 そして、この“風土”概念は――木村真佐幸自身や和田謹吾の言説を含め
――和辻哲郎の『風土』に由来するものだとの前提で話が進められていくの
だが、和辻哲郎の『風土』という固有名が招来されることにより、北海道の
「近代」におけるさまざまな問題が改めて議論の俎上へ乗せられることとな
る。つまり北海道固有の風土性、そして文学は、「近代」と密接に関わるも
のなのだ。


 「近代」とは、個と普遍が出逢い、それらが炸裂した隙間から浮かび上が
ってくる、それ自体として矛盾を内包した特異な時空間だ。これまで東京SF
大全、静岡SF大全、北海道SF大全と、すでに「土地とSF」を題材に、数多く
の言葉が紡がれてきたが、その多くは木村真佐幸言うところの“精神風
土”に、SFなる観点から着眼していたものだと要約できよう。

 SFなる観点、すなわちSF性の原理についての根拠を、『フランケンシュタ
イン』を嚆矢とするブライアン・オールディスの『十億年の宴』(一九七四
年)へ置くにせよ、「ユートピア」を基軸とするダルコ・スーヴィンの『SF
の変容』(一九七九年)に求めるにせよ、つまるところ「近代」における一
種の開拓者精神、あるいは科学的思考への批評意識の結集として、SFという
鬼子が生まれ出たことは論を俟たない。


 木村真佐幸は、和田謹吾の言う「北海道の地理的自然的環境」にも、「北
海道の歴史的環境」を踏まえたうえでの“精神風土”が当てはまるとまで書
いている。だが、ここで忘れてはならないのが、こうした区分や“精神風
土”という言葉が、いったい「近代」に伴う矛盾をいかなる形で隠蔽してき
たのかということだ。

 野田寿雄が言うような「アイヌ/松前/開拓」という三つの文化軸は、フ
ランツ・ファノン、エドワード・サイード、ガヤトリ・C・スピヴァクのポ
ストコロニアリズム理論の枠組みによって批判的な検討が可能だろう。少な
くとも「開拓」によって「アイヌ」と「和人」を安易に区分してしまう暴力
性を眼差しとして内包することは間違いない(*1)。その眼差しの結節点は
どこにあるのか。


 おそらく北海道文学における「近代」の結節点は、一九六〇年代後半から
七〇年代前半頃に位置している。なぜならば、当時は「文学」と「政治」が
密接に結びついていた時期であり、「文学」の存在感は他のいかなる時代に
も増して高まりを見せていたからだ(*2)。

 北海道においてそれは、『アイヌ民族抵抗史』(一九七二年)を著した
新谷行らの「アイヌ共和国」を目指した一連の運動に代表させることができ
る。そうした状況の発火源となった作家として、「アイヌ」初の近代小説の
書き手である鳩沢佐美夫の名前を挙げることもできよう。

 鳩沢佐美夫は一〇歳の頃から脊椎カリエスに苦しみ、一九七一年に三十四
歳で短い生涯を終えた。その短い生涯において、北海道日高管内の地方文壇
という「マイノリティ」性に依拠しながら、いや「マイノリティ」であるが
ゆえに、「アイヌ」という存在が追いやられた立ち位置を代弁するものとし
て、鳩沢佐美夫はクローズアップされうる。

 現に彼が主催した「日高文芸」の関係者からは、「政治」の季節において
アイヌ問題を理論的に主導したタブロイド紙「アヌタリアイヌ」のメンバー
が輩出されている。「アヌタリアイヌ」の主筆であった佐々木昌雄は、鳩沢
佐美夫の遺稿集の解説が商業媒体における最初の仕事となったくらいだ。


 また、鳩沢佐美夫を中心に置けば、北海道の「近代」を遡行的に捉えるこ
ともできる。彼はイギリス人牧師ジョン・バチェラーの養女である「アイヌ
歌人」バチェラー八重子から多大な影響を受けている。彼は精神的危機に瀕
し右手中指をナイフで切り落とした後、バチェラー八重子の墓前へ参拝した
とも言われているが、バチェラー八重子から鳩沢佐美夫へ続くラインを敷け
ば、札幌農学校の初代校長であったウィリアム・スミス・クラークの系譜に
連なる「アメリカ的」開拓とは別種の「開拓」の残滓を――ジョン・バチェ
ラーの編纂したアイヌ語辞書から、「バチェラー学校」に至る――一連の痕
跡をベースにして読み取ることも可能だろう。

 すなわち、「アイヌ」問題はノブレス・オブリージュによって庇護される
対象ともなってきた。この問題は確実に、北海道における「近代」の根幹を
規定している。


 だが、ここで、鳩沢佐美夫の活躍と同時代に「近代」の北海道文学の枠組
みに異なる観点から原理的変革を迫った書き手が、SFの領域から現れたこと
を見落としてはならない。それが荒巻義雄である。

 アイヌ口承文芸の研究者である坂田美奈子は、『アイヌ口承文学の認識論
〈エピステモロジー〉』(二〇一一年)にて、グレゴリー・ベイトソンを引
用し、「アイヌ」をめぐる口承文学と歴史学の方法論が出会う地点を「存在
論」と「認識論」、二つの方法論に区分した。

 鳩沢佐美夫の方法論が「アイヌ」の「存在論」的地平を近代小説の方法論
に基づき「書かれた文学」として明らかにしたものとすれば、「アイヌ」と
「和人」という北海道文学の“精神的風土”という認識論的枠組みを「認識
論」のレベルで切り込んだ書き手について考えることも必要だろう。

 このような「認識論」を近代小説の見地から考えるためには、素朴な自然
主義的方法論とは異なるアプローチ、すなわちSFが威力を発揮する。それゆ
え、荒巻義雄という固有名が浮上するのだ。

 鳩沢佐美夫とほぼ同世代にあたり、また、鳩沢佐美夫と一時期共闘し「和
人(シャモ)」の立場から「アイヌ」問題へ文学的に対峙した向井豊昭と同
年(一九三三年)生まれ)の荒巻義雄は、「SFマガジン」一九七〇年六月号
に「術(クンスト)の小説論――私のハインライン論」を寄稿、一躍、日本
SF界の中心へ乗り出した。

 彼らの作品とは似ても似つかないように見えるが、さりとて、同時代を生
きる者として荒巻義雄と「政治」への関わりは深いものがあった。荒巻義雄
は二十七歳の頃(一九六〇年)、安保反対デモに参加し、挫折感を味わい
「一切を精算し」、故郷北海道に帰省し、マルクスの思想に絶望しながら何
かを追い求めていたという(*3)。

 小松左京が左翼思想に絶望してSFへ傾斜したように、荒巻義雄もまた政治
に絶望してSFへ接近した。中央での政治に挫折した「遅れてきた青年」(大
江健三郎)荒巻義雄は、北海道から出ることなく地方文壇に尽くした鳩沢佐
美夫とは相反する立場として見ることもできるかもしれない。

 だが、SFが産み出す架空の世界は、架空であるがゆえにかえって強く政治
性を表象した。荒巻義雄が主催したSF同人誌「コア」が終刊した直後に、荒
巻義雄へ接近した波津博明はSFファンダムにすら政治が入り込んだことを物
語っている(*4)。

 地方の文芸同人誌とSFファンジン。片や地方の政治的現実を文学へ昇華し
ようと試みた運動体であり、片や政治的現実を空想によって相対化しようと
した動きであった。双方に共通していたのは、ローカルな文業を普遍的なも
のへと昇華しようと試みた熱っぽい確信である。この点において、鳩沢佐美
夫と荒巻義雄の文業は交錯を見せる。

 これまで、地方同人誌とSFファンダムは、まったく別個のコミュニティと
して語られてきた。しかし、波津博明の妹である波津尚子は、「SFアドベン
チャー」(徳間書店)へ寄稿を行ない、一方で鳩沢佐美夫もかつて参加して
いた「山音文学」へ寄稿経験を有しており、近年単行本としてまとめられた
『その夢のつづき』(二〇一〇年)は、ほかならぬ荒巻義雄が帯文を著して
いるなど、共通した人脈を有していた。

 あるいは、鳩沢佐美夫の短編「赤い木の実」は、たとえばSFとして読むこ
とも可能である。北海道SF論で取り上げた『魔の国アンヌピウカ』のよう
に、現代アイヌ文学はSF的な観点で再検討する必要があり、その際には荒巻
義雄の仕事が大いに役立つ。特に『時の葦舟』(一九七三年)は示唆的だ
が、まずは彼の出発点を検討しよう。


 荒巻義雄の「術(クンスト)の小説論」は、「文学派と科学派の抗争果て
ぬSF論の現状打開を試みる、大胆な提言!」との惹句で紹介されたが、それ
はすなわち、SFファンダム内部でことに議論された「文学派(F派)」と
「科学派(S派)」の区分を弁証法的に止揚させようとしての試みを意味し
ていた。だがそれ以上に、荒巻義雄の言葉を借りれば〈手と技のSF〉、ある
いは地方同人誌とSFファンダムの熱気がこの批評を可能にした部分も大きい
だろう。

 「術(クンスト)の小説論」がとりわけ興味深いのは、荒巻が提示したハ
インライン読解のキーワード、すなわち「術」という言葉が、カントの『判
断力批判』より採られていることだ。

 カントの三大批判書のうちの『判断力批判』にて考察対象となったのは、
「趣味判断」である。「近代」の到来とともに「人間」は世界を「自然」と
して対象化した。一方の「自然」は、そもそも「人間」とはまったく関係の
ない、独自の法則や因果律によって動作しているということも「近代」は明
らかにした。ここで彼が問うのは、すなわち自然科学から見た「倫理」の位
相だ。


 SFは本質的に、倫理の領域から出発するのではないか。従来のSFへの
批判として、SFがありうべき本当の姿はそうなのではないだろうか。ただ二
十世紀性の無視できない傾向に即応して、それを自身のなかに摂取し、科学
の成果を、すでに窒息しはじめている一般文学のように拒絶するのではな
く、積極的に内に内包し、“術”化する。それによって、この怪物化した現
代を解明する手段とする。科学をむしろ逆手にとることによって、人間の地
平へと再び復帰する。(「術の小説論」)



 荒巻義雄にとってカントを通して「倫理」の問題を問うことは、いわばヒ
ューマニズムを再考することにほかならない。批評家・池田雄一の『カント
の哲学』(二〇〇五年)のように、カントを一つのポストヒューマニズム論
者として理解する方法論が近年では一般的だが、彼はあえてカントにヒュー
マニズムを読み込む。それは単に時代の制約に留まらない。

 言うならば、荒巻義雄が小説家として商業デビューをすることになった
「大いなる正午」(「SFマガジン」一九七〇年八月号)が、「善悪の彼岸」
(ニーチェ)を自然科学の枠組みで捉え直していたこと、このことは密接に
関わっているのだ。

 カントから「術」という言葉を取り出すことで、カントとニーチェ、哲学
史的には相反する部分も多い二人を大胆に接近させること。このようなカン
ト理解はきわめて異例であろうが、ひとえにSFという特異な空間がそれを可
能にした。「術」という言葉は、荒巻義雄の手によってロバート・A・ハイ
ンラインと出逢い、カントの文脈から一挙に飛躍することとなったのだ。


 “(工学的な)技術”と“(土俗的な)魔術”。相矛盾する二つの手段の
意味を、認識論と存在論が交差する次元からモデル化し、描き出すこと。そ
れによって「区分」を可能にさせる原理をも無効化させること。

 「大いなる正午」は、こうした問題意識から、「人間」と「自然」の相克
を原理的に突き詰め、徹底した反自然主義的方法論によってモデル化したも
のと読むことができる。

 実際、テクストは、それを追いかける読者が、今まで出逢ったことのない
ような驚くべき「野蛮」な方法で記述されている。その方法は、畢竟、既存
の「文学」という認識の枠組みそのものへ揺さぶりをかけるものだった。そ
れは読者へ多大なるインパクトを与えた。

 中でも筒井康隆は荒巻義雄の実験精神を大いに評価し、自身が編んだ
『'60年代日本SFベスト集成』(一九六九年)の末尾を飾るものとして「大
いなる正午」を組み入れ、後に『実験小説小説名作選』(一九八〇年)へ再
録までさせたほどである。

 それでは、実際に「大いなる正午」のテクストを見てみよう。


 ――もしいるとしても、秘水路の存在を知る者は、無漏(ムロ)族の
識者のみであった。〈秘〉の分流は、そこより多次元的に急斜し、一気に通
称〈亜〉の大岩壁へ奔流していた。

 即ち〈ウ〉の中心部に存在すると伝えられる源より、四海六十四方へ時の
水域をわけて流れ広がるナルの大水系、その一なる彌勒(ミロク)河! 

 〈河〉はくだるにつれて麻のごとくちりぢりに乱れるが、その数億を数え
る分流の一つ――〈秘〉は、今や、急を告げる〈海〉に短絡する唯一の水路
なのであった。

 ――行け!

 〈二〉は一瞬の迷いより覚める。それは――至上なるものの命令
というよりは、〈二〉の存在それ自身をその内より律する自然なるもの
の声、いわば超越的本能ともいうべき何かであった。(「大いなる正
午」)



 「大いなる正午」の書き出しである。

 ワイドスクリーン・バロックと名指されるSFは数あれど、「河」のモチー
フで描かれる四次元的な空間の現出には、読む者の度肝を抜く迫力と幻視性
を備えている。ここで「大いなる正午」の原型となった「時の波堤」(一九
七〇年、「宇宙塵」一四〇号)の冒頭部を見てみよう。


 秘水路の存在を知る者は、種族の誰とてもいまだいない。もしあると
しても、それは、無漏(ムロ)族の識者の二、三だけだった。

 秘の分流は、ここより四次元的急傾斜をなし、一気に通称〈亜〉の大岩壁
へむかって奔流していた。

 即ち〈ウ〉の諸々なる中心部の一つ、そこに存在する六を伝えられる源よ
り、四海六十四方へ、時の水域をわけて流れ広がるナルの大水系、その一つ
ミロの〈河〉! その〈河〉のくだるにつれて麻の乱れるごとくちりぢりに
分かれる数億を数える分流の一つなのだ。

 そして〈秘〉は、今、急をつげる〈海〉へ短絡する唯一の水路だった。

 いま〈二〉は一瞬の迷いにとらわれていた。その時、あの内なる声をきい
た。

 ――行け!

 それは、至上なるものの命令――というよりは〈二〉の存在それ自身をそ
の内より律する自然の声、いわば超越的本能ともいうべき何かなのだ。
(「時の波堤」)



 「時の波堤」ではやや説明過剰なきらいもあった描写は「大いなる正午」
に至って切り詰められ、冒頭部は円環構造を思わせるもの縮小されたものと
なっている。「大いなる正午」では「大宇宙は輪廻する!」と書きつけられ
るからもわかるとおり、ニーチェ式の「永劫回帰」の思想が織り交ぜられて
いるのだ。

 そして〈二〉と呼ばれる存在は「宇宙生成の大過程の内なる律に組み込ま
れた建設種族」として設定され、〈ウ〉や〈亜〉と呼ばれる空間を開発し、
掘削する過程が多次元土木技術(ハイ・ディメンジョナル・シビル・エンジ
ニアリング)という「術」を軸に描き出されている。

 「個」と「普遍」の相克から織り成す「近代」が、「自然」と「技術」の
対比へと読み替えられる。それが「大いなる正午」の本質であろうが、では
いったい、「大いなる正午」で綴られているのは、具体的にはどのような情
景なのであろうか。


 仮に凝集された専門用語の数々を取り去ってみれば、そこに残ったのは、
大河や瀧を工事する一種の土木作業の工程だろう。大学に入り直して土木工
学を学び、執筆当時は建築士として現場へ出てもいた著者の経歴を、この点
に重ね合わせるのは難しくない。

 そう考えれば、「大いなる正午」を「北海道の地理的自然的環境」を描い
た作品として位置づけることも不可能ではないだろう。実際、「大いなる正
午」や「時の波堤」で描かれた情景は、北海道出身の私には、定山渓をモチ
ーフにしているように思えてならない。


 それでは、これらの作品は、自然に題材を取りながら、自然主義的なモチ
ーフを連想させる言葉をあえて消し去ることで、一種の脱政治性を志向して
いたのだろうか。おそらく、必ずしもそうとは言えまい。

 著者は繰り返し、自分はSFを「カウンター・カルチャー」として理解し、
執筆を行なっていると発言しているが(『白き日旅立てば不死』、一九七二
年、早川SFノヴェルズ版あとがき)、おそらく自然主義的なアプローチでは
隠蔽されてしまう、ミクロな「私」を通したマクロな宇宙認識、すなわち
「個」と「普遍」という矛盾した両者を――現実の重力へ拘泥することなく
――両立させようと試みたのではないか。


 「大いなる正午」の原型である「時の波堤」では、より明晰に〈ウ〉
〈亜〉の設定が解説されている。そして時の奔流に抗する高次元破堤(ハ
イ・ディメンジョナル・ウォール)の建造を〈二〉から託される「ヒト」の
交流が描き出されるのだが、ここで注目すべきは〈二〉と同じく「技と術を
有する知性体」として「ヒト」が描き出されているということにあるだろ
う。

 あらゆる同時代的な文脈を逃れて提示された「技」と「術」。この点を徹
底して切り詰めて凝集させた「大いなる正午」では、クライマックスで描写
される“覚醒”を経て、〈二〉の正体がいかなるものであるのかがついに明
らかにされ、〈二〉が「ヒト」に「一世一代の大博打」を託す様子が描かれ
る。


 むろん「大いなる正午」や「時の波堤」の情景はあくまでも、私たちが目
にする北海道の光景から独立したものとして描かれている。しかしながら同
時に「術(クンスト)の小説論」で描かれていた認識論的枠組みの超克が、
より巧妙な形で盛り込まれていることも間違いない。

 「近代」がもたらした「自然」と「技術」の対立によって「時間」の問題
が浮き彫りにされてくるのだ。こうした宇宙観の根幹を語った部分として、
「時の破堤」から、〈亜〉の趨勢を握る無漏族の長老たちの議論が描かれた
箇所を見てみよう。


 無漏族の長老たちは、よく宇宙論の根拠に、自然と非自然の二元論を
おく。彼ら種族内の論争は果しなく、決着のつけようもないのだが、自然宇
宙観と人為宇宙観とはその二本の柱であった。

 いうまでもなく、この論争が果しないのは、それが一種の循環論であるか
らなのだ。自然宇宙があらかじめ存在し、〈二〉族ら、選良の自然改良者た
ちが、あたかも一つの回廊をめぐりめぐるように、先人の改造のあとを改造
しつつたどるのであろうと……。(「時の波堤」)



 ここでは「時の破堤」の世界観の根幹にある宇宙論の原理が、かなり明晰
な形で分析されている。「大いなる正午」や「時の波堤」が、他のワイドス
クリーン・バロックと異なるのは、四次元空間をモデル化することで、個と
普遍という矛盾した両者を「時間」という媒介稿で結び合わせようとしてい
る点にこそあるが、その基礎に「近代」の「自然」と「非自然」の無限循環
が置かれていることは興味深い。

 そして、この無限循環は、ニーチェの言う「永劫回帰」概念と一見、似通
って見えるかもしれない。だが「永劫回帰」とは、単に同じ箇所をぐるぐる
と回るだけのものではない。風船を膨らませるようなイメージ、一種の膨張
する宇宙という世界観に近い部分がある。宇宙は膨張することで、時間とい
う枠組みを撹乱する、この点を考えるために「大いなる正午」や「時の破
堤」の、さらに原型にあたる「しみ」(一九六五年、「コア」創刊号
(*5))を見てみよう。

 
 凶暴なる闘争本能を帯びた悪性遺伝子を具有したる重罪人は、時間的
自由と時間的存在性を剥奪し、空間枠内に監禁、永遠に遺棄するものとす
る。

 話の辻つまは合っているみたいなんだな。アメーバーから俺たち人間ま
で、闘争本能で生きているみたいなもんだしな。そのときは、なんとなく、
そやつの言っていることがまんざら嘘じゃないっていう気がしたんだ。

 俺はいろいろ尋ねてみたよ。

 驚いたよ。やつらは時間的な生物なんだ。俺たちが空間を自由に動きまわ
れるように、やつらは時間の中を行き来できるってことだよ。体の構造も時
間的に拡がってると言っていたぜ。頭が未来にあって、足が過去にあるなん
て場合もありうるわけだな。つまり俺たち三次元生物にとって空間にあたる
ものが、やつらの場合は時間ってことなんだぜ。

 俺はだんだん薄気味わるくなってきたね。なにしろ、とてつもなく長命な
生物でね、母親の胎内にだって十万年だか二十万年入っているって言うん
だ。(「しみ」)



 「しみ」に登場する「時間的生物」の描写である。黒葉雅人の『宇宙細
胞』ではないが、この「しみ」に「膨張する宇宙」の出発点を見ることはで
きないだろうか。「しみ」から「時の波堤」、さらには「大いなる正午」へ
と書き直しが施されていくなかで、ミクロな「個」は「普遍」性を帯びた宇
宙と同一のものとして描かれる。

 SFならではのスケール感、と言ってしまえばそれまでだが、「しみ」は小
品であるものの、荒巻義雄の正真正銘の処女作でもあり、すべての出発点。
決してここで書かれたことは軽視できない。

 そして「しみ」から「大いなる正午」へ至る過程を分析することは、一九
六〇年代後半から七〇年代に、「政治」と「文学」が最も大きな関係性を有
していた時代、ごく素朴な社会反映論的方法を採らなかった書き手が、「社
会」や「倫理」、そして「土地」を、どのように表象させようとしていた
か、試行錯誤の軌跡をたどり直し、再解釈を加えることにほかならない。

 容易に解きほぐせる問題ではないが、この点を突き詰めていけば、「北海
道文学」とSFの関係にとどまらず、「土地」とSF的想像力をめぐる関係につ
いての認識は、原理的な変革を余儀なくされることだろう。それゆえ、本稿
は荒巻義雄の出発点を素描するにとどまるものだが、彼の初期作品の再評価
が急務となっていることを記し、ひとまず筆を擱くこととしたい。(岡和田
晃)


【脚注】
(*1)北海道文学、とりわけ「アイヌ文学」とポストコロニアリズムの関係
については、マーク・ウィンチェスターの博士論文「近現代アイヌ思想史研
究 : 佐々木昌雄の叙述を中心に」(http://hermes-ir.lib.hit-
u.ac.jp/rs/handle/10086/17797
)が非常に良くまとまっているので参
照さ
れたい。

(*2)例えば、須貝光夫「地方同人誌の指標――日高文芸協会への提言とし
て――」「日高文芸」二号(一九六九年七月)のような評論が理論的に鳩沢
佐美夫の文学運動を後押ししていた。

(*3)徳間文庫『柔らかい時計』所収の自筆年譜、ないし、荒巻義雄「岡和
田晃著『「共産主義的SF論」あるいはドゥールーズになれなかった男』へ
の私的補足」(http://speculativejapan.net/?p=55)を参照のこと。

(*4)2011年4月16日のSFファン交流会4月例会「イスカーチェリ、愛國戦
隊、連合会議」〔波津博明,、小浜徹也〕での波津博明の発表に基づく。

(*5)「しみ」は長らく参照困難だったが、二〇一一年九月、日本SF作家ク
ラブのウェブマガジン「SF Prologue
Wave(http://prologuewave.com
/archives/1131)にて再掲された。


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