第51回日本SF大会 Varicon2012(ヴァリコン)

~第51回日本SF大会 Varicon2012~
       -The 51st Japan SF Convention-
開催日:2012年7月7日(土)~8日(日)
会 場:合宿の宿 ひまわり (北海道夕張市)
※本大会は「完全合宿制」です。


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北海道SF大全

 23 北海道SF大全 「日本拝見その12 札幌――ラーメンの町――」花森安治(〈週刊朝日〉1954年1月17日号)



 優れて文明批評的な文章であった。
 なのに、そうは読まれなかった。
 彼は世の人の「誤読」を嘆いた。
 だが、それは本当に誤読だったのだろうか?


1、「札幌――ラーメンの町――」の文明批評


 花森安治(1911年~1978年)といえば、戦後ジャーナリズムに独自の位置を
占め続けた人物である。彼が「名物編集長」として采配をふるった雑誌〈暮しの手帖〉
は、企業からの広告を一切採用しないという独自の方針を貫き通した。1948年に
8000部から始まったこの雑誌は20年後には80万部を売り上げ、その「商品テ
スト」の結果は製品の売り上げを左右した。
 その彼が1954年に〈週刊朝日〉に書いたのが、この「日本拝見その12 札幌――
ラーメンの町――」である。この「日本発見」というのはシリーズものであり、何人か
の作家が交代で各地の記事を書いている。たとえば、前の号には大宅壮一が別府
について書いている。執筆メンバーの中には、井伏鱒二、臼井吉見の名も見える。
 この文章の冒頭において、花森がまずやったのは、札幌にまつわる一般的なイメ
ージを紹介しては、その「美名」の実態をあばくことだった。


 サッポロ。
 アイヌ語で、乾いた大きな河という意味の町。リラが咲いて、アカシアの並木道の
つづいている町。馬ゾリが、シャンシャンと鈴をならして雪の上を走る町。五番館や
時計台や道庁や、川上澄生ふうの明治調版画の町。……中略……アイヌ混血の、
つぶらひとみの乙女の町。碁盤目のように整然と区画された町。 冬はどの家もスト
ーブを焚く町。異国情緒の町。サッポロ。……なるほど、みんなウソではなかつた。
ここには雨季はないから、つゆどきも乾いた大きな河に ちがいない。ただ、その
「乾いた河」の上を、ものすごい「馬糞風」が吹いて、町のひとはみんな、黄ナ粉を
まぶしたような顔をして歩いているだけだ。リラ も咲く、アカシアの並木も続いて
いる。ただ、そのリラもアカシアも、すっかり馬糞をかぶつて灰色に咲いているだ
けだ。馬ゾリも鈴を鳴らして走る。ただ、 そのソリは甚だしく汚らしく、その雪の
色は、とても黒いだけだ。
 明治調の洋館もある。ただ、ボロボロに朽ちて次から次へ、ブッこわしがはじまって
いるし、その隣り近所は、殺風景なビルや電柱やペンキ絵やネオンサインに埋まつ
ているだけだ。……中略…… 北大のポプラ並木は、実はものの一町ほどしかない
し、つぶらなひとみの乙女も、東京のハヤリときけば零下十なん度の町をナイロン
靴下一枚で、すつかり頬を紫ぐろくしている。碁盤目に整然とした道は、雨ふれば田
ンボの如く、晴れると、町中がゴミ箱みたいになる。 ……中略…… ああ、異国情
緒の町、サッポロ。観光リーフレットには、「東洋のパリ」とさえ書かれている。
(花森安治「日本拝見その12 札幌――ラーメンの町――」
                  (〈週刊朝日〉1954年1月17日号、28頁)


 もちろん、これは1954年に書かれた文章であるから、現在とは全く違うであろ
う。(ちなみに「中略」とした部分の方が更に「お~い、ここまで書いたら失礼だろう」
という感じである(^_^;))
 さて、このように「美名」の実態を暴いた後で、花森は次のように書く。


 明治二年の札幌は、戸数2、人口7ということは、つまり何もない、見わたすかぎり
のただ茫々とした原つぱだつた。それがまたたく間に十万になり二十万になり、いま
では三十五万人をこえる大都会になつてしまつた。……中略…… 素性を洗えば、
三十五万みんなよそモンである。格式の言いようがないのであ る。この町で尊敬さ
れるのは、いま「金」のあるひと、いま「名」の通つているひとである。(同29頁)


 そして、花森はこういった部分を積極的に評価する。


 日本みたいに、なにかといえば伝統伝統とカビくさい空気を必要以上にありがたが
り、へんに斜陽めいた「名門」意識をひけらかす国に住んでいるとこの札幌みたい
な、サバサバしたガラッ八の町は、ひどく素直で明るいのである。魅力はこれだろ
う。腹を立てながらも、何かと住みやすそうな感じがするのである。(同29頁)


 更に、花森は札幌の最大の特徴を指摘する。(もちろん、これも1954年当時の札
幌に関する記述である。)


 札幌の人がよく使う言葉は「内地」である。津軽海峡ひとつ向こうの日本のことらし
い。……中略…… この町の二割から三割を占めているのは東京あたりに本省、本
社、本店のあるサラリーマンである。早くて一、二年、長くても四,五年のあいだに
は「小生儀在任中は大過なく」勤め上げて、東京転勤を待ちこがれている連中だか
ら、これは文字通り「出かせぎ」であり「待合室」である。……中略・c… 札幌の暮
しぶりが、なんとなく「その日ぐらし」的であり、「間に合わせ」的になつているの
も、だから無理はないのである。(同29頁)


 このような「出かせぎ」的な感覚が次のような消費行動・経済活動に結びつくと、花
森は分析する。


 東京の町に、アメリカの品物があふれているように、札幌の町には「内地の
品」があふれている。市場に行つてみても、道産は馬鈴薯に白菜に鮭にニシンく
らい。うず高い品物の大部分が「内地産」である。……中略……
 札幌は、まったく目の玉が飛び出るほど物価が高い。物価が高いのは、大てい
「内地」から品物を運んでくるからだ。「内地」から運んでくるのは、北海道で出
来ないためもあるが、札幌人が「内地産」でなければ承知しないためである。
 その意味では、札幌は、内地のいいカモである。あくせくと働いては、その金を、
すっかり内地にまき上げられているのだから、人口だけは多くても、これはやせる
ばかりだろう。
 ここの実業家のクラブのメンバー、その大半が数年のうちにはすつかり変つてしま
う。ということは、そのメンバーの大半が、東京に本社のある支店長や何かだという
ことである。ということは、ここの大きな企業が、みんな東京資本で、地元には、小
企業しかないと」いうことである。これでは、いくら開発しても、その甘い汁は、
みんな東京へ持つてゆかれてしまうのである。
 どんなに企業の合理化をやつてみても、地元の企業は育たない、とあきらめてい
る。早い話が、石炭代だけでも、よけいに原価がかかるから、とても東京の大資本に
はかなわないというのである。こんな話をきいていると、なにか日本の外貨導入やM
SAの話をきかされているみたいな、ヘンな気持ちになってく る。(同30頁)


 ここまで読むと、花森の問題意識の在りかが見えてくる。
 最初からかなり皮肉っぽい書き方をしているが、彼の標的は「札幌」でも「北海道」
でもないようだ。「札幌と内地」はそのまま「日本とアメリカ」のアナ ロジーである
らしい。
 時は1954年。まさにMSA協定(日米相互防衛援助協定)が結ばれた年である。
アメリカと日本の双方が互いに軍事的に支援することを定めたこの協定は、アメリカ
が日本の国土に米軍を配置することを可能にした。さらに、日本は防衛の目的での
み再軍備する事を認められた。
 そして、花森は、こう結論を下す。


 札幌の名物はラーメンである。鮭でもコンブでもない。
 わざわざ重いのをガマンして、札幌から鮭を買って帰ると、実は東京あたりの方
が、ずっと品がよくて安かつた、という話をよくきく。これは東京へんの問屋が、
いい漁場をすつかりおさえていて、金の力で大量にさつさと運んでいくからであ
る。ところが、札幌には、そんな力のある問屋はないから、東京が引つさらつて
行つたおこぼれを、ぼそぼそと買う。だから、地元で売つている方が、どうして
も品が落ちるし、割高になるのである。
 コンブも、なるほど、北海道ではとれるのだが、それが札幌を素通りして、大阪へ
ゆく。そこで加工されて、「北海道名産」のレッテルをつけて、全国へバラまかれる。
それを札幌でも仕入れて、店先にならべるという寸法である。
 いきおい、名物はラーメンということになつてしまう。うまいから、というのでは
ない、やたらに数が多いのである。札幌中、どこをどう歩いても、必ず一町と行かな
いうちに、ラーメンの看板にぶつかる。薄野(すすきの)あたりでは、もう軒並ラー
メン屋である。
 ……中略…… 軒並ラーメン屋の提燈看板をながめ、広告塔の「ラーメン、ラーメ
ン」とふりしぼる声を聞いていると、これがサッポロだという気がしてくるのである。
 日本の生そばの、あの伝統風味は、もちろんあろう筈はないが、さりとて、マカロ
ニ、スパゲッティのような、本場のハイカラからもほど遠い。何か安 手の異国ふうに
見えて、実は日本製そのもの。
   サッポロ――まさしくラーメンの町。
    (花森安治「日本拝見その12 札幌――ラーメンの町――」
                 (〈週刊朝日〉1954年1月17日号、30頁)


2、「札幌――ラーメンの町――」の反響と作者の困惑


 1954年(昭和29年)の頃、週刊誌は重大な情報源であり、多くの人に読まれて
いた。〈週刊朝日〉の社会的な影響力は、今とは比較にならないくらい大きかった。
 この頃はまだ「ラーメン」という言葉は一般的ではなかった。「支那そば」「中華そ
ば」という呼称が全国的にはよく使われていた。
 現在使われている「ラーメン」という語は、花森安治のこの文章によって全国に広ま
り定着したらしい。
 数が多く人々に親しまれていても、それまで誰も「名物」とは考えなかった札幌のラ
ーメンを「観光資源」にしたのは、この花森安治の文章である。この文章によって、人
々は札幌の名物としてラーメンを「発見」したのだ。それは画期的なことだった。
 地元の建物でも産物でもない。伝統行事でもいわゆる地方食でもない。しかし、
人々の生活に密着している、あの「ラーメン」が「名物」になり得る!
 なんという発想の転換! それはもう感動をもって読まれたことだろう。
 だが、それは、花森の意図したところではなかったらしい。
 「それは誤読だ」と、この文章の執筆から18年後に、彼は主張している。
花森は、自分の文章を非常によく誌面に載せる編集長だった。
「これほど編集長(花森安治)が紙面の表通りを闊歩している雑誌も珍しい」と、茨木
のり子が〈暮しの手帖〉を評しているくらいだ。(「『暮しの手帖』の 発想と方法」
(註1))
 例えば、1972年6月1日発行の〈暮しの手帖〉に、花森は6ページにわたる文章
を載せている。6ページといっても1ページがA4サイズで3段組であるから、けっこ
う長い。
 その中で、彼は自分の文章がよく「誤読」されることをこのように嘆いている。


 たまに文章を書いて、大方の目にさらすと、必ずといっていいほど、読みちがえをす
る人が出てくる。
(〈暮しの手帖〉第18号 1972 eariy summer (1972年6月1日発行)
112頁)


 その「読みちがえられた」中の特にひどい例として挙げられているのが、かの「日本
拝見その12 札幌――ラーメンの町――」である。


  もう十何年もまえ、古い友人がやってきてにやにや笑いながら、
 「こないだ、札幌へ行ってきた。はじめてだし、手っ取り早いと思って観光バスに
乗ったら、おどろいたな、例の案内ガールの口から、お前の名が出てきた。……中略
……薄野とかいう繁華街にさしかかったら、突如として、このあたりは、花森センセ
がおすすめになった、札幌名物のラーメン、とかなんとか口走るるんだからな、お前
知らなかったのか」
 それからあとも何年かおきに、つい数年前まで、「こないだ札幌へ行ってきたら」
を、いろんな人から聞かされた。
 まったく札幌の観光バスも、いい度胸をしておるものである。……中略……文章の
読み違えが、案内ガールのセリフに化けたのである。……中略……ラーメ ンは札幌
が本場みたいなことになってしまった。めんくらったのは、当のラーメンと、この
ぼくだろう。(同 113~114頁)


 こうして、これは「ドブネズミ色の若者たち」(〈暮しの手帖〉90号 1967 
summer 118頁~123頁)という彼の文章がカラーシャツの宣伝に使われたのと同
じ類の誤読だと、彼は断じているのだ。「ドブネズミ色」というのは背広の色のことで
はない。個性を失くすことの比喩表現である。同じように「ラーメン」もあくまで比喩
としての表現であったと彼は言う。
 ラーメンのもともとの起源は中国にある。しかし、日本においてかなり独自の「進化」
を遂げた。その意味で「あんパン」に近いフェイクな食べ物と言える。
 「伝統食」でもなく「本場のもの」でもなく「異国ふうに見えて実は日本製」……「サ
ッポロ――まさしくラーメンの町」と彼は書いた。
 そして「誤読」されてしまった。「ラーメン」というのは、札幌の街のフェイクさを
皮肉った表現である。なのに「本人としては、精一杯の皮肉、あてこすりのつもりで
も、読むほうは、一向にそうおもわない。」(同114頁)ということになってしま
った。
 そう彼は嘆く。


 「札幌――ラーメンの町」が書かれたのが1954年。
 花森安治が「誤読」を嘆く文章を書いたのが1972年。奇しくも、ちょうど今日か
ら40年前の6月1日発行の〈暮しの手帖〉に、これが載った。
 今の目で読み返すと、なかなかに興味深いものがある。
 人々が花森の文章を読んで、ラーメンを札幌の名物と認めたのは、果たして「誤
読」だったのだろうか?



3 ラーメンとSF
 
花森安治は深い洞察力の持ち主だった。それは、もうほとんど業のようなものだ。
 横田順彌は「日本SFこてん古典」の中で、花森安治が書いた「スカートえの不思
議な郷愁」という作品を紹介している。(3巻233頁~242頁)
 男がスカートをはき、女がズボンのはく世界。みごとなジェンダーSFである。
 1946年という早い時期に、花森安治はこういった作品を発表しているのだ。


現在、ラーメンは、カレーライスと並ぶ「国民食」であり、各地にさまざまな「ご当
地ラーメン」が存在する。
 「札幌ラーメン」は「元祖・ご当地ラーメン」であったという。
 花森はラーメンの持つ文化的意義と可能性を無意識下において感じとっていた
のだろう。
 だから、「ラーメンは札幌の名物」…それは正しいのである。


 さて、ジャンルSFの起源は欧米にある。日本SFは、日本において独自の進化を遂
げた。その意味では、日本SFとはラーメンのようなものだ。同じく独自の進化をとげ
て成立した「ジャパニメーション」も、その意味で「ラーメン」だ。
 われわれ「SF評論賞チーム」は「地域SF」にここ数年間とりくんできた。「東京
SF大全」「静岡SF大全」「北海道SF大全」、これらは「ご当地ラーメン」に似て
はいないだろうか?

 もちろん、フェイクには違いない。だが、フェイクだからこそ、その時々の土地の
「ほんとうの姿」を我々に感知させ得るかもしれないのだ。

 この60年間は日本全国が「サッポロ」化していく過程としてあった。
 そして、日本発祥の「ラーメン」は世界に広まりつつある。
 中国・台湾で、ラーメンは、日式拉麺または日本拉麺と呼ばれている。
 ジャパニメーションは「日本文化」として受け入れられている。
 日本SFの英語への翻訳も、特に目立って盛んになってきている。「ハーモニー」
「百億の昼と千億の夜」「幻詩狩り」……。


 こう言っていいだろうか?
「ニッポン――まさしくラーメンの国」

(註1)『講座・コミュニケーション4 大衆文化の創造』(研究社出版)
                         
                           (宮野由梨香)


Varicon2012実行委員会 事務局
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