第51回日本SF大会 Varicon2012(ヴァリコン)

~第51回日本SF大会 Varicon2012~
       -The 51st Japan SF Convention-
開催日:2012年7月7日(土)~8日(日)
会 場:合宿の宿 ひまわり (北海道夕張市)
※本大会は「完全合宿制」です。


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 24 北海道SF論 第五回 村上春樹『羊をめぐる冒険』(講談社文庫)




 「青春の書」などという言葉を聞くと、どうしても、面映ゆいとか、こそ
ばゆい、あるいは気恥ずかしいといった感覚が伴ってしまう。この「青春の
書」には、とりあえず二つの意味が含まれていることを確認しておこう。
まずそれが小説であるならば、主人公たちの存在がまさに青春という時代に
あるということ。その年齢は問われないが相応しき世代は存在する。大きく
はみ出していれば、それはまた違った範疇の小説となるだろう。

 そしてもう一つ、これはある意味で前者よりも大切なことなのだが、読み
手の側が今を自分の青春であると認識していることである。

 そう書いてから、こういった説明はどうしようもないトートロジーである
ことに気づく。そしてにわかにもう一つの視点があることがわかる。「青春
の書」とは、その時代から遠く離れた場所からのみ、それをそう呼ぶことが
できるのではないか、との考え方である。頼りない書き出しとなってしまっ
たが、その不十分さも含めて、私のさらに気恥ずかしい私的な「青春の書」
についてこれから書いていきたい。

 それが村上春樹の『羊をめぐる冒険』である。ご存知の通りこの作品は主
人公が北海道に渡り、そこで体験するミステリアスな出来事がこの物語の核
となっている。それはのちの村上作品に非日常的な出来事が描かれる最初の
ケースであったと考えられる。つまりあえていえば村上作品のSF的な側面
はここに始まっているのだ。出版当時は、『風の歌を聴け』と『1973年
のピンボール』に続く三部作の完結篇として喧伝させたと記憶している。こ
の三作の発行時期と、その作品に描かれた時代を文面から取り出してみた。


○『風の歌を聴け』
 1979年7月刊行。「この話は1970年の8月8日に始まり、18日
後、つまり同じ年の8月26日に終わる」(講談社文庫13頁)
○『1973年のピンボール』
 1980年6月刊行。「一九七三年九月……、まるで夢のようだった。一
九七三年、そんな年が本当に存在するなんて考えたこともなかった」(講談
社文庫52頁)
○『羊をめぐる冒険』
 1982年10月刊行。「1978/7月 1978/9月」(講談社
刊・目次)


 これらの時期は物語の中心であって、記述はそれぞれ何度も前の時代を戻
っている。主人公は作者と同じ1949年生まれだろう。つまり彼は『風の
歌を聴け』のときにおおよそ21歳、『1973年のピンボール』のときは
24歳、そして『羊をめぐる冒険』では29歳ということになる。そしてま
た発行年と時代設定のあいだには、それぞれ9年、7年、4年のスパンがあ
る。

 ご承知の通り、この三部作には続編が存在する。それが『羊をめぐる冒
険』の6年後の1988年に発行された『ダンス・ダンス・ダンス』であ
る。時代設定は1983年で、発行年や時代設定は『羊をめぐる冒険』と離
れているが、物語は一つの作品であるかのように繋がっている。

 私はこの、結果四部作となった小説群を発行時にほぼリアルタイムで読ん
でいる。作者とは七歳違いだから同世代とはいえないが、それでもその物語
の背景に存在した時代の空気を背伸びして吸っていたと思っている。

 しかしここでこの文章は寸時、村上春樹から離れることになる。冒頭の
「青春の書」に関して立ち寄らなくてはいけない場所があるからだ。それも
また気恥ずかしくも「薫くんシリーズ」なのである。あのペンネームと主人
公が同じ名前である庄司薫による、かの四部作である。そのタイトルと発行
時期は、『赤頭巾ちゃん気をつけて』(1969年)、『さよなら怪傑黒頭
巾』(同)、『白鳥の歌なんか聞こえない』(1971年)、『僕の大好き
な青髭』(1977年)ということになる。

 私はこれらの作品を、高校時代、基本的には文庫本発行時期の1973年
に購読していた。唯一学生だったのが、「赤」、「白」、「黒」、「青」の
完結篇の『僕の大好きな青髭』で、これだけは文庫ではなく単行本を購入し
ている。これらの物語の舞台設定は1969年で、東大入試中止の話題で始
まり、アポロ11号飛行中に終わっている。そのうち「赤」と「黒」の2冊
が場面設定とほぼリアルタイムで世に出たが、「白」1冊が2年遅れ、残り
の「青」1冊はなんと8年後に出たことになる。

 つまりこの庄司薫の四部作と、そして村上春樹の当初の三部作は錯綜しつ
つも、ほぼ連続した時代背景を持ち、また特に私にとっての読書体験もほぼ
連続性を持っている。やれやれ、「ほぼ」が多すぎる。

              *

 ところが最近、村上春樹をネット検索して、彼と庄司薫の文体や物語の類
似性を指摘するサイトの存在を知った。本来はここで二人を簡単に比較して
みたかったのだが、そういったサイトのレベルに達することはとてもできな
いので諦めることにした。ただ一つ押さえておきたいのは、庄司薫がすでに
デビューしていた福田章二という作家であり、フィクションの庄司薫である
主人公とは一回りほど開きがあったのに対して、村上春樹は主人公と同じ年
代であるということである。

 「青春の書」として庄司薫を発見した子どもたちは、やがてその虚構性
を、まさに「舌をかんで死んじゃいたい」的な恥ずかしさの中で気づき、そ
の溺れる手の中に、村上春樹を掴んだのではないか、ということである。
また両者の三作目と四作目の間に間があり、それぞれが別の著作、村上春樹
が『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1986年)と『ノ
ルウェイの森』(1987年)、庄司薫が『狼なんてこわくない』(197
1年)、『バクの飼い主めざして』(1978年)を発行している。それら
は村上が別の小説表現の可能性を示した作品であるのに対して、庄司は薫く
んシリーズの文体をエッセイに転用したものである。ここに二人のこれから
のありようが見えている。村上春樹が、庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけ
て』との類似を指摘されていた『ライ麦畑でつかまえて』を自身で訳出した
のは、このほのかな関係性を絶つための楔のようにも思える。

 口上文のフォローが長くなってしまった。これからは村上春樹について考
察していきたい。先ほど私はほぼリアルタイムで読んだと書いたが、その
「ほぼ」というのにはわけがある。『1973年のピンボール』(以下「ピ
ンボール」)は、友人から借りた掲載誌の「群像」で読み、それに感銘した
ゆえに、改めて『風の歌を聴け』(以下、「風」)を読んでいたのだ。よっ
て「ピンボール」が1980年の初め、「風」がその直後、『羊を巡る冒
険』(以下、「羊」)が1982年10月、そして『ダンス・ダンス・ダン
ス』(以下、ダンス)が88年10月ということになる。

 よって『ピンボール』と「風」が学校を出るか出ないか、「羊」が社会で
やっていけるのかどうなのか、そして「ダンス」がいろいろと諦めるかどう
なのかといった時期に恥ずかしながら当たる。しかし「ダンス」はとりあえ
ずここでは置いておく。村上三部作はあのとき「羊」でその完成をみていた
のだ。そしてたぶん誰も、特に読者はあの中途半端とも思える結末を、ちゃ
んとした結末として理解していたのだと思う。それはまた三部作全体の雰囲
気ゆえのものでもあったのだ。「羊」と「ダンス」の物語は繋がっているけ
れども、テイストは大きく異なっている。果たして読者は「ダンス」による
説明や整合性を求めていたのだろうか。それを必要としたのは読者ではな
く、たぶん書き手であったのだろう。そのことについてはいつか論じる機会
を得たいと思う。

 ところで、「羊」の前の二作、「風」と「ピンボール」にはご存知のよう
に物語といえるものがほとんどない。当時としてはそれが斬新で、また魅力
的であった。「風」では、主人公が夏休みの間だけ故郷に帰り、そこで「俺
のことは鼠って呼んでくれ。」という友人と過ごす日々が綴られている。

 この二人の一見不可思議な言動や行動が、周囲の閉塞性を浮き上がらせて
いる。1969年という時代に学生であった彼ら、その主人公は抱えきれな
いほどの諦観を持ちつつも大学に残る。しかし鼠はすでに退学していて、無
為な日々を故郷で過ごしている。この一見大きな違いは実は紙一枚ほどで隔
てられていたに過ぎない。鼠も自分の住まいを確保していなければ、その選
択は別にあったのかもしれない。その紙一枚の隔たりが、「羊」と「ダン
ス」の結末に繋がるが、また作者は当時そこまでは考えていなかっただろ
う。

 ここでひとつの符合に気づく。あの『ソラリスの陽のもとに』のスナウト
の存在である。彼は主人公のクリスと出会った際に、自分のことを「ぼくの
ことをシチュール(ねずみの意)と呼んでくれ。」(ハヤカワ文庫SF・1
7頁)といっているのだ。しかしここでその点に踏み込まない。

               *

 「ピンボール」では主人公と鼠が同じ場所にいることはない。主人公は東
京で先輩と翻訳事務所を始めている。しかし鼠は同じ場所と同じ時間を過ご
している。主人公は「見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好き」なのだとい
う。結果、大学のバリケード封鎖の中で、土星生れの学生とも話しをする。
吃音の彼はいう。「大学を出たら土星に帰る。そして、り、立派な国を作
る。か、か、革命だ。」まるでソビエト映画「アリエータ」のようだが、革
命を起こすのは地球人で、起こす場所は火星だった。増田俊也の「土星人襲
来」は土星からの留学生だったが、作者は「ピンボール」を読んでいるのか
もしれない。ただしこの土星人に革命の意志はない。

 さて、「ピンボール」ではいくつかのラブアフェアやほろ苦い思い出が展
開したのちに、そのタイトルにもある「ピンボール」へと話が及ぶ。主人公
はかつて多くの時間をいっしょに過ごしたそのマシンを彼女と呼び、突然目
の前から姿を消した彼女を探すために手を尽くし、やがて運に恵まれて、再
会を果たす。彼女はコレクターが蒐集のために用意した養鶏場の跡地に「い
た」のだった。そのピンボールが存在する場所とはおよそ不似合いな場所、
そして1973年という時代は、すでに彼女との関係性をたもち得る場でも
時でもなかったのだ。彼女=ピンボールは彼が時間と場所を共有した仲間た
ち、それは人であり、あるいは考え方の象徴といえるだろう。その「彼女」
を目前にしながら、彼はその場を後にする。すでに後戻りできないほど「時
代は変わる」のだ。そして鼠も自分の場所を別に移す。

 ところで個人的にこの「ピンボール」で一番奇異に思ったのは、トロツキ
ーとトナカイのくだりである。まず日本の「酔狂な文化人が集った漠然とし
た形のコロニーが形成されていた。それはちょうど帝政ロシア時代に思想犯
が送りこまれたシベリアの流刑地のようなものであったらしい」とあるが、
日本のいわば別荘地のような場所とシベリアの流刑地を、唐突に「ようなも
の」とひと括りにする大胆さに敬服する。確かに帝政時代のロシアでシベリ
ア送りにされた人たちはいわばインテリ階層であって、そこでは何がしかの
文化活動がされてはいた。しかし果たして括っていいものなのだろうか。

 しかし問題はそこではない。主人公はトロツキーの伝記を読んで、「はっ
きりと覚えている」と以下、トナカイの話を始める。トロツキーが四頭のト
ナカイのそりで脱走し、停車場に着いたとき、そのトナカイたちは疲労のた
めに死んでしまった。トロツキーは彼らを抱き、涙ながらに正義と理想のた
めに革命を誓う。そしてその四頭のトナカイの像を赤の広場に立てた。はス
ターリンといえどもそれを壊すことができず、今でも朝方に中学生たちがそ
れをモップ掛けしている光景を眺められるはすだ、というのである。いやは
や、これが「はっきりと覚えている」内容なのである。

 まずトロツキーは、帝政時代に少なくとも二度ほど脱走している。一度目
はまだ歴史の表舞台に立つ前の思想犯としてシベリアで暮らし、1901年
に荷車の乾草に紛れてイルクーツクへと逃れていて、このとき初めて偽造パ
スポートが必要となり、慌ててオデッラの監獄の看守の名前トロツキーと書
き込んだとの説がある。ここではトナカイの出番はない。

 次に脱走したのは1905年革命の直後である。しかし逃れたのは流刑地
からではなく、そこに送られる途中からだ。彼は地元の猟師の協力を得て、
何頭ものトナカイを乗り継ぎ、終着駅であるボゴスロフスクに着く。トロツ
キーの伝記といえば、まずアイザック・ドイチャーのトロツキー伝三部作が
思い浮かぶが、その第1巻にあたる『武装せる預言者トロツキー』には、雪
原をひた走るトナカイに興味を持ってはいなるが、彼らに同情を寄せる描写
はまったくない。一般的に知られている彼の精神性から得ないことである。
また本人の自伝である『わが生涯』や、ルポルタージュの『脱出』も同様で
ある。

 このようにトナカイとの心の交流がなかったトロツキーが、その像を赤の
広場に立てるはずがない。もし万一立てたとしても、それをスターリンが許
すはずもない。もし「覚えている」のならば、モップ掛けをした子どもたち
の親は間違いなくシベリアへ送られ、それを指示した下級役人は銃殺されて
いる、と書かなくてはならないだろう。

 もちろん作家は嘘をつくことが商売である。私たちは書かれていることが
嘘であることを承知に上で楽しんでいる。しかしこのように実在した人物と
事象を取り上げながら、明確な虚偽としてわかるように表現していることの
意味はどこにあるのだろうか。まさか村上春樹がトロツキーの事実を知らな
いことはないと思うのだが。

 このトロツキーとトナカイの話の意外性ほどではないが、それでも作者は
ファッションや音楽、そして料理やアルコール飲料についてもやや詳しく記
述している。それらの整合性についていちいちチェックしてもあまり意味は
ないだろう。しかし読み手はそれぞれ何がしかの「専門性」を持っていて、
いちいち、チェックしなくても、その嘘、あるいは底の浅さに気づいてしま
う。

 例を挙げることにしよう。例えば「ダンス」で主人公が借りるレンタカー
の車種がカローラ・スプリンターだが、その名前の車は当時すでに十年落ち
であり、レンタカーとしてはありえない。スプリンターという名前は以後カ
ローラの兄弟車として用いられている。カローラ・レビン、スプリンター・
トレノというように。

 あるいはやはり「ダンス」で主人公が所有している車であるスバル・レオ
ーネ。この車があとで登場する場面ではスバルに統一されている。友人から
「シビック?」と聞かれて、彼は「スバル」と返している。確かに当時のス
バルは、軽自動車以外はレオーネだけだが、ここでブランド名であるスバル
を出しても会話は成立しない。スバルとして連想するのはレオーネよりもス
バル360であったはずである。このように重箱の隅を突き始めると収拾が
付かなくなるので、この程度にしておくことにする。

 ただし、先ほどのトロツキーとトナカイの話にはまた別の意味が存在して
いるのかもしれない。村上作品の重要な要素である1969年とその周辺の
時代を生きていた人たちには、この話が明確な虚構であることが簡単に理解
する。しかしそうでない人には、そんなモップ掛けの歴史的なエピソードが
あると思うだろう。ここで作者は読者を峻別しているとは考えられないだろ
うか。

 「風」や「ピンボール」の主人公と作者は同じ時代を生きた。そしてその
時代をともにした読者に対して、作者は「これはそんな空虚なおとぎ話なん
だよ」といっているのだ。「そうだよ、肩肘張って、あの時代を描いたわけ
じゃない。これはただのお話なんだ。トナカイの銅像なんて立っているはず
がないコトヲキミも知っているよね」。このトナカイの話はこのようことを
つぶやくための設えたエピソードであったのかもしれない。しかしそれにし
てもこれはかなり下手くそである。

              *

 さて、ここでやっと三部作の最後の作品である『羊をめぐる冒険』に入る
ことができる。

 「風」と「ピンボール」が人と人の関係を描く連続性が欠如しているのに
対して、この「羊」は初めて人と人との結びつきを描き始めた作品だったと
いえるだろう。最初はぎこちなく、そして最後はまるで普通の小説のように
クライマックスさえ携えて。

 主人公は「ピンボール」で登場した会社で仕事をしている。そこで耳のモ
デルをしている女性と知り合う。彼女の名は「羊」の中では明らかにされな
い。主人公はPR誌に使った一枚の写真によってある事件に巻き込まれる。
そして物語が始まる。その舞台を村上春樹は北海道に用意したのだ。それは
北海道以外にはあり得なかっただろう。空白に限りなく近い土地、それは真
実ではないのだがイメージとして読者に共有されている。その空白に異界が
開き、異者が生れる。


「一枚の写真を同封する。羊の写真だ。これをどこでもいいから人目につく
ところにもちだしてほしい」。


 118頁の鼠からの手紙にはこうあった。主人公は自分が編集するPR誌
にこの写真を掲載する。このことによって静かに別の時計の針が動き出す。
ある人物の秘書だという男から連絡を受けて彼と話をする。その人物とは右
翼の大物であり、社会を裏から動かす力を持っていた。彼の中に存在した不
思議な力を持つ羊が抜け出てしまい、彼は今は死の床にある。その羊があの
写真に写っていたのだという。そして結果として主人公はその一匹の羊を探
す冒険へと歩みだす。

 主人公たちが北海道に渡るのは215頁からである。ここから彼は俄然ア
クティブになる。能動的なほとんど行わずただビールを飲んで、現れる女の
子を抱くだけだった彼は北海道への旅で人格まで変わったかのよう変貌し、
すべてのことに関心を持つようになる。ここは結局四部作になってしまうこ
の主人公の分岐点であるとともに、作者自身の分岐点でもあるといえる。

 1978年の秋、主人公と不思議な魅力のある耳の持ち主のガールフレン
ドは千歳空港に降り立つ。札幌のホテルを決めたのは彼女だった。その名は
ドルフィン・ホテルだが、彼らはいるかホテルと呼ぶ。そして札幌を拠点に
して一匹の羊を探し始める。まずは図書館や役所を回るが成果はない。だが
ホテルの支配人と話をしているうちに、このホテル自体がかつて北海道緬羊
会館だったことを知る。しかも壁には鼠が送ってきたと同様の風景の写真が
飾られていたのだ。さらにその二階に住んでいる支配人の父親、この羊博士
こそが、右翼の大物に入っていた羊を大陸から日本に身体に宿して連れてき
た人物であることがわかる。

 そして二人は北海道の深みに入っていく。その架空の場所である十二滝町
の位置は、前回紹介した佐々木譲の『白い殺戮者』の北士別町と重なる部分
が多い。ともに明治以降の開拓地で、文中で語られる開拓史にはアイヌが登
場していて羊毛業を営んでいる。この二つの作品の主人公はともに現地に着
くと、地元の役場の人に牧舎の案内をしてもらう。そして『白い殺戮者』の
主人公が借りることになる車はスバル・レオーネなのだ。そう「羊」の主人
公が「ダンス」で乗るあのレオーネである。

 さて「羊」の主人公は十二滝町の牧舎の管理人から、あの写真の撮影場所
がそこの上にあることを確認するが、くだんの羊は彼が飼っている羊ではな
かった。彼との話でさらに上に別荘があり、いま持ち主が逗留していること
を知る。ここで主人公の記憶が甦る。鼠の父親が北海道に別荘を持っていた
ことを。彼は思う。「ずっとあとになってから大事なことを思い出す」と。
確かに鼠の手紙を受け取ったとき、それを思い出していれば、物語はまった
く別の展開になっていたはずだ。しかしこの記憶の喪失はあまりにご都合主
義ではあるまいか。

             *

 牧舎の管理人はこの別荘も管理している。物語は歩みの先にちゃんと都合
のいい足の踏み場所を準備している。彼の案内で主人公と彼女はその別荘に
向かう。途中でカーブになった道が崩れ掛けていて、案内人はそこで引き返
す。そこは崩れているだけでなく、不吉な感覚に満ちた場所だった。いわば
結界。この領域とかの領域の境だった。やがて二人は草原に出る。羊たちの
放牧地だ。ここであの写真が撮影された。その先に別荘が建っている。
しかしそこには誰もいない。いるべき鼠の姿もない。その別荘に彼らは入
る。そして主人公がうたた寝をしているあいだに彼女は姿を消す。そして翌
日の午後、この作品の最大な謎である羊男が現れる。いったい彼は誰なのだ
ろうか。

 私はこの十二滝町の開拓に同行したアイヌの青年の一人息子だと考える。
そのアイヌの青年とその息子に関しては、主人公が十二滝町に向かう列車の
中で読む郷土史の本に登場している。

 アイヌの青年は借金苦を背負った和人たちを森の奥へと案内して、彼らと
いっしょにそこに住み着いたのだった。彼らは何度も襲い掛かる苦難を乗り
越えて村を作り上げる。アイヌの青年はそこで羊毛業を営む。やがて彼の一
人息子にその仕事を引き継がせようとする。しかしその息子は大陸の戦争に
駆り立てられ、そこで死んでしまう。アイヌの青年は何も伝えられないまま
に不幸な死を迎えることになる。

 私はこのアイヌの青年の息子こそが羊男ではないかと考えるのだ。

 羊男は、羊博士や右翼の大物が羊を内在化させたのとは逆に、羊の衣をま
とっている。そして中は人間のままだ。主人公と森の中で偶然出会ったとき
の以下のような会話を交わしている。


「でも戦争に行きたくないんだ。だから羊のままでいるんだよ。羊のままで
ここから動けないんだ」
「十二滝町の生まれかい?」
「うん。でも誰にも言わないでくれよ」(353頁)


 アイヌの青年の息子は戦争に行って死んだあとも、そのまま羊男として村
の近くに残って、人目に触れずに暮らし続けていたのだ。別荘の中で彼は鼠
のメッセンジャーボーイの役割をはたしているので、この森での主人公との
出会いがほんとうの羊男の姿であり、言葉ということになる。

 「彼らは羊毛の軍用外套を着て死んでいた」(277頁)というのも、そ
れについての傍証となるだろう。

 このアイヌの青年の息子、つまり羊男はいわば絶対的な弱者であり、善の
象徴ともいえるだろう。歴史の流れの中でいともたやすく命を奪われ、いま
はただ戦争そのものを忌避して森の中で静かに存在している。たぶんこの羊
男以外にも、彼らは数多く存在し、そして静かに暮らしている。それに対し
て右翼の大物に寄生した羊は絶対的な強者であり、悪の象徴である。これは
個人の悪を統合した悪意であり、人智も人の力の及ばない存在として蠢いて
いる。
              *

 別荘で主人公が見つけた古い書籍や鼠との暗闇の中での会話で、ほぼすべ
ての謎は明らかになる。考えてみれば、「風」や「ピンボール」では謎自体
があまり提示されてはいない。ただ曖昧でスタイリッシュなレトリックが、
まるで謎であるかのように駆使されていただけだった。

 そして主人公は鼠の指示の通りに世界を救う。しかしその羊の寝込みを絶
好の機会とした救い方は都合主義に思えてしまう。

 ところで390頁の後ろから4行目と3行目の「コードはジープの中にあ
ったのと同じ針金でしっかりと時計に固定されていた」。このジープはラン
ドクルーザーでなくていいのだろうか。

 最後にあくまで個人的な感慨を述べてこの文章を閉じたい。今回、この文
章を書くにあたって、「風」と「ピンボール」、当然「羊」、そして「ダン
ス」までをほぼ30年ぶりに読み返してみた。そこには数多くの過剰な表現
や、現在ではすでに古びてしまった言い回しがあることを確認した。しか
し、またここで大いなる気恥ずかしさを覚悟していってしまえば、この少な
くとも三部作はまだ「青春の書」であり続けていたのだ。(忍澤勉)


参考資料:『武装せる予言者』アイザック・ドイチャー著/田中西二郎・橋
本福夫・山西英一訳(新評論)、『わが生涯Ⅰ』トロツキー著/栗田勇ほか
訳(現代思潮社)、『1905年』トロツキー著/原暉之訳


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