第51回日本SF大会 Varicon2012(ヴァリコン)

~第51回日本SF大会 Varicon2012~
       -The 51st Japan SF Convention-
開催日:2012年7月7日(土)~8日(日)
会 場:合宿の宿 ひまわり (北海道夕張市)
※本大会は「完全合宿制」です。


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北海道SF大全

 26 北海道SF論 第六回 朝松健『肝盗村鬼譚』(角川ホラー文庫)


 北海道SF大全は、今まで日本SF評論賞チーム有志がリレー執筆をいたして
参りましたが、この度ゲストとしまして、札幌市出身のミステリ作家、松本
寛大(まつもと・かんだい)さまにご登場いただきました。
 松本寛大さまは講談社刊『玻璃の家』(島田荘司氏が選考委員をつとめた
1回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」受賞作でデビューを飾った、
札幌市出身のミステリ作家。最新の脳科学・認知科学と、舞台となるニュー
イングランドの街の歴史を「顔」の観点から絡めた『玻璃の家』は、むしろ
SFファンにこそ真に満足がゆく作品なのではないかとすら思われます。
 その他の仕事としては、『クトゥルフ神話TRPG』(ケイオシアム/エ
ンターブレイン)の日本での展開において、バックアップ役として関わって
もいらっしゃいます。共著に『クトゥルフ・ホラーショウ』(アークライ
ト)があります。
 Varicon2012で予定されている「北海道SF大全」パネルにもご参加予定で
すので、大会へ参加なさる方は、どうぞ楽しみになさってください。
 参加出来ない方も、ここで発表される松本寛大氏の精緻な朝松健論をご堪
能いただけましたら幸いです。(岡和田晃)




『肝盗村鬼譚』 ――「窓」の向こう側の世界、あるいは楽園への夢想


 肝盗村。
 こう書いて〝きもとりむら〟と読む。
 北海道の海の玄関、函館より東南に進むこと、およそ三五キロ。観光名所
の恵山岬と波間首岬の、ちょうど中間あたりに位置する小さな漁村である。

 朝松健の『肝盗村鬼譚』は、肝盗村なる奇怪な名前の集落の由来からはじ
まる。
 地図を確認するまでもなく、肝盗村などという村はない。架空の村であ
る。恵山岬は実際の地名で、渡島半島のほぼ南東端に位置するが、波間首岬
というのもありはしない。
 誰もが知る都市からやや離れた土地に架空の地名を設定してフィクション
を構築するというのがオーソドックスな手法であることは言うまでもない。
小説の書き出しを土地の説明からはじめるというのも同様だ。
 このような形式ですぐに思い浮かぶのは、「備中笠岡から南へ七里、瀬戸
内海のほぼなかほど、そこはちょうど岡山県と広島県と香川県の、三つの県
の境にあたっているが、そこに周囲二里ばかりの小島があり、その名を獄門
島とよぶ」という一文だろうか。
 そうした、いわば疑似ドキュメンタリー手法を取る理由は、ひとつにはフ
ィクションにリアリティを与えるため、もうひとつは、その舞台の地域性が
作中語られる物語に直接的間接的を問わず深く関わっていることを示すため
ということが真っ先にあげられるだろう。
「山と山が連っていて、どこまでも山ばかりである」ではじまる深沢七郎の
『楢山節考』の舞台として設定されているのは名もない村であるが、山を挟
んだふたつの村が「村には名がないので両方で向う村と呼んでいた」という
記述は、名のないことそのものが僻村の異様なリアリティを(それから、寓
話性をも)読者に与える。
 ひるがえって、『肝盗村鬼譚』はどうか。なるほど形式としては冒頭部分
は疑似ドキュメンタリー手法であるが、ここにまったく別の意味合いを見る
ことは可能だろうか。
 すなわち、「これは架空の村を舞台にした物語だ。おれはこれから想像力
に充ちた作り話を語るぞ」という、作家の高らかな宣言を。

 本作では、土地に根を下ろし、そこで生きていく人々の暮らしというもの
が共感を持てるように書かれてはいない。さらに言うなら、読者が感情移入
しやすい存在として主人公が書かれてさえいない。
 本作にあるのは、何かに取り憑かれたような人々が、邪悪な化け物たちの
存在を確信し、やがて黙示録的終末に至る世界である。それは迫真のリアリ
ティを持った筆致で書かれてはいるが、少なくとも「この世界のリアル」と
はかけ離れている。この徹底ぶりは諸刃の剣で、そこにある種のぎこちなさ
を見る読者もいるだろう。
 では、なぜそのような書き方を作家は選択したのだろうか。本稿では段階
を踏んで、その理由に迫ってみたい。

 ※ここから先、本稿はいわゆるネタバレに踏み込みます。未読の方は注意
してください。

         *

『肝盗村鬼譚』のあらすじは以下のようなものである。

 主人公、牧上文弥は、北海道南部に位置する肝盗村に生まれ育った。彼の
父親は根本真言宗を奉じる夜鷹山萬角寺(やようさんばんかくじ)住職であ
ったが、牧上は父を忌み嫌い、現在は東京で宗教学者として暮らしている。
 その牧上が父危篤のしらせを受けて、故郷へ戻ることになるが、やがて、
次々と怪異に襲われる。
 牧上が行く先々にあらわれる虚無僧。肝盗村へ向かうバスにぶち当たり、
血と脳漿をまき散らす蝙蝠。突然フラッシュバックする過去の村祭の幻影。
危篤の父の様子は明らかにおかしく、夫婦の営みを天窓から謎の女がのぞき
込む。
 やがて彼は「調査のたびに少しずつ横穴の奥行きが短くなっていく」と言
われる、村に残る謎の遺跡へと足を運ぶが、そこで明らかになったのは、主
人公の寺の宗派は実は真言宗にあらず、異形の神を奉じる邪教であるという
事実だった。

 紙幅の制限により、朝松健とクトゥルー(朝松健の表記にならい「クトゥ
ールー」と書くべきかもしれないが、本稿では現在もっとも人口に膾炙して
いる「クトゥルー」を採用する)神話やH・P・ラヴクラフトとの関わりを
詳細に説明することはできない。それだけ関わりは深く、広範囲にわたって
いる。編集者として先達の仕事を受け継ぎ、あらためて日本にラヴクラフト
とその周辺作家を紹介したのち、自らもクトゥルー神話をガジェットとして
用いたジュブナイル作品やアダルト向けホラー・アクションを発表したり、
あるいはクトゥルーをテーマにしたアンソロジーを編纂したりといった経歴
そのものが、なにやらクトゥルーの神々に取り憑かれたようにも見えるほど
だ。
 ただし、朝松健の作風はコメディから伝奇まで多岐にわたる。ラヴクラフ
トやアーカムハウス、ウィアード・テールズ系の作家の影響をその核に持ち
ながらも、決して自身の創作はクトゥルー関係にとどまるものではない。と
いうよりも、むしろ正面からクトゥルー神話に連なる作品と謳っているもの
は少ない。『肝盗村鬼譚』はその、珍しい方の部類だ。
 とはいえ、『肝盗村鬼譚』の裏表紙に書かれた内容紹介には「日本古来の
恐怖を巧みな筆致で描き出す書き下ろし長編小説」とあるだけで、本作品の
背後にクトゥルー神話があることについてはいっさい触れられていない。あ
とがきや解説では書かれているのだが。
 想像するしかないが、二〇一二年現在とは異なり、本作品が刊行された一
九九六年の段階では、まだ、クトゥルーという名称を前面に出すことにおい
て、編集部に躊躇があったのではないか。
 小説の冒頭部分、肝盗村の由来を語る序章でミスカトニック大学の名前が
出てくるなどはそのものずばりであるし、また、奇祭に参加していた村民が
一斉検挙されたであるとか、村周囲に潜む悪神海魔を滅ぼそうと軍当局が水
雷艇で爆薬を投棄したとかいった記述が、インスマウスの港から離れた〈悪
魔の暗礁〉に魚雷を発射したというラヴクラフト作品の一節を思い起こさせ
るなど、この作品がクトゥルー神話と密接な関わりを持つことは物語のスタ
ート時点ですでに明白なのだが、とにかく、機が熟していなかったというこ
となのだろう。
 いずれにせよ、クトゥルー神話と『肝盗村鬼譚』の関係は深い。しかも、
『肝盗村鬼譚』は、朝松健のキャリアにおいてどうやら転換期をなす時期の
作品のようで、クトゥルーを扱う手つきがそれまでの作品とは大きく異な
る。
 先ほどあげた例に限らず、ガジェットとしてクトゥルー神話が埋め込まれ
ている部分は枚挙にいとまがない。
 ショゴス(ラヴクラフト『狂気の山脈にて』に登場する粘着性の原形質か
らなる生物)などの「名称を借りる」というのもそうであるし、また、疑似
ドキュメンタリー手法や、故郷に戻った主人公が家に伝わる邪神伝説に気づ
くという(本家ラヴクラフトというよりもダーレス作品に極めて顕著な)そ
もそものプロット、ウィップアーウィル(ラヴクラフト『ダンウィッチの
怪』に登場する夜鷹の一種)を思わせる不吉なトラツグミの鳴き声、人格の
入れ替え、暗澹たる地下世界に封じ込められた異形の神などといった要素
は、おなじみのものだ。
 ただしこうした用い方は、たしかに目立つものではあるが、本稿ではこれ
をさほど重要視しない。朝松健は、それまでにも博学を活かし、クトゥルー
に限らずさまざまなオカルトや魔術の知識を物語に組み込む手法の作品を多
数書いているし、現在においては、クトゥルー神話作品の「名称の拝借」な
どは、多くの作家のあいだですっかり定番化した手法とも言えるだろう。
『肝盗村鬼譚』の特徴は、むしろ、クトゥルー神話を日本の土地にまるごと
移植するという、おそろしく手間のかかる作業をおこなっていることにあ
る。
 一例をあげよう。

(略)根本義真言宗では、九月一日から九日の本祭までの間、本堂で焚
く香を、
『苦止縷得香』
 なる特殊な香料と定めていた。
 苦とは〈生〉の本質、と仏教は説いている。生も苦、老も苦、怨憎い人間
と会う(怨憎会)のも苦ならば、愛する者との別離(愛別離)もまた苦、求
めるものを得ないこと(求不得)も苦である。
 その苦を止めて、縷――永遠に続く細く長い糸……宗教的法悦の象徴であ
る――を得るための一助とならんがために、『苦止縷得香』は根本義真言宗
約三百年の歴史より生み出されたのだった。


 引用にあたってルビを廃したためややわかりづらいかもしれないが、これ
は「クトゥルー」と名付けた香を(作品中の読みは「くしるうこう」)仏教
用語によって説明づけている記述である。
「クトゥルー」に当て字をして日本古来の宗教用語に見せかけるという手法
はいまとなっては誰でもやることだが、そこに別の意味を持たせるというの
は、これは誰でもができることではない。膨大な手間と、それを支える該博
な知識が必要だからだ。
 となれば、朝松健の独壇場である。『肝盗村鬼譚』クライマックスにおい
ては、江戸時代に滅びたはずの密教の一派、立川流が現在まで生き延びてお
り、しかも彼らが崇拝していた荼吉尼天はその実クトゥルーの邪神であった
という設定を、そうもあろうかという説得力で語っている。
 このようにして世界を支える神話を移植し、その上で、前述したようにク
トゥルー神話に連なる作品に定番のプロットを日本風に読み替え、随所に日
本ならではのシチュエーションを溶け込ませることでやっと完成する、非常
に手の込んだ作が『肝盗村鬼譚』なのだ。
『肝盗村鬼譚』を書いたころがちょうど朝松健の作家キャリアの転換期だと
いうのは、それを挟む『崑央の女王』『妖臣蔵』といった作品を見ると、な
お明らかだろう。
『崑央の女王』ではまだクトゥルー神話の用い方はガジェットの意味合いが
強く、世界観の移植は一部にとどまっている感が強い。また、物語の語り口
も、どちらかと言うとそれまでも書いていたオカルト・アクションやホラ
ー・アクションにいくぶん近いものがある。
 あるいは、『崑央の女王』やそれ以前に書かれた伝奇ものなどの作品で断
片的におこなっていた「世界観の移植作業」をさらに推し進めたのが『肝盗
村鬼譚』だという言い方もできるかもしれない。
 朝松健がこの時期、クトゥルー神話に限らず、西欧ホラーの構造を日本に
落とし込むという手法にチャレンジしているというのは、前後して書かれた
『元禄霊異伝』から『妖臣蔵』(これらにもクトゥルーの要素が背後に存在
する)へという流れからも読み取ることができる。そしてそれは、現在、立
川流や室町時代を題材に伝奇時代小説を書き続けていることと直接に響き合
っている。
『苦止縷得』はデビュー作ですでに見られる表記であり、立川流もまだデビ
ュー作で扱っていた素材である。当時の朝松健は、とにかくここで一度自ら
の創作手法と素材の原点をとらえなおす必要があったのだろう。

         *

 日本を舞台にクトゥルーを語る――
 こうした課題があったとき、ガジェットやシチュエーションの援用にとど
め、作家が自らの得意とするプロットに当てはめていくというのが、もっと
もやりやすい手法であることは言うまでもない。
 しかし、朝松健が選択したのは、西欧オカルト・ホラー小説の世界を組み
込んだ上で日本の歴史そのものを語りなおすという、いわば偽書の作成にも
似た行為だった。
 まるで、かつて、ある国の神話が海を渡り、あるいは山河を渡り、別の国
にもたらされ、変容し、その国の神話になった事実を再現するかのような手
法。(現実の神話や宗教とクトゥルー神話は、人の手によって世界観を構築
していくという意味では、手法が共通していると言えなくもない)
 なぜ、朝松健は新たに神話を創造するかのような、ひどく手間のかかる手
法を選択したのだろうか。
 直接のきっかけは、この時期朝松健が大病を患い生命の危機にさらされた
ことで、あらためて原点に立ち返ろうとしたゆえだろう(本作はその復帰作
にあたる)。『邪神帝国』で試みたナチスドイツ+クトゥルーという方法論
で何かの感触を得たのかもしれない。
 神話作品と銘打つからには過去の設定や名称を反復するのみならず、より
深化させるために新たな情報を付け加えなければならないという、少年期に
読んだリン・カーターの著書(先年、『クトゥルー神話全書』として翻訳さ
れた)の記憶がひっかかっていたかもしれない。
 あるいは、『妖臣蔵』以降の成功を見れば、『肝盗村鬼譚』がジャンプボ
ードとして機能していたことは明らかなのだが――
 こうしたことは、「なぜこんな手法を」の解答にはならない。
 何しろ『肝盗村鬼譚』は、朝松健が高校生のころに書いた短編を原型とし
ているからだ。
 原型となる短編執筆の数年後、朝松健は改稿ののち作品を雑誌『幻影城』
が主催する新人賞に投じている。

 佳作です。伝奇小説は、半村良氏、山田正紀氏を始め、荒巻義雄氏
や、本誌の高村信太郎氏など、今流行の作風の一つですが、重厚なストーリ
ー構成を持ち、大変楽しめました。難を言えば、意外性を狙った結末が、そ
のために却って読後感を陰惨なものにしており、主人公を巻き込まれ型にし
て、普通人にすべきだったと思います。


 これは『肝盗村鬼譚』のあとがきにも引用されている、『幻影城』一九七
八年一月号掲載の選評である。
 あとがきに引用されたものはここで終わっているのだが、実際に雑誌に掲
載された二上洋一(奇しくも『妖臣蔵』の解説も二上洋一であった)の選評
には、続きがある。「SF的処理については賛成です」の一文がつくのであ
る。
 当時の短編(『幻影城』新人賞は上限一〇〇枚であった)を見るすべはも
はやなく、どの程度プロットが一致しているかはわからないが、「SF的処
理」の一語から、その時点でもクトゥルー神話の要素があっただろうことは
容易に推測できる。大筋において変化はなく、プロットがより練られ、ディ
テールが大幅に強化されたという推理はそこまで外れてはいないだろう。
 角川ホラー文庫『肝盗村鬼譚』の発行は、一九九六年。驚くべきことに、
朝松健は二十年以上もの熟成を経て、これを世に問うたのである。それは、
「自分なりの、ホラー小説の枠組みの継承」への二十数年の道程ではなかっ
たか。

 こうした「枠組みの継承」は、単なる模倣や追随ではない。ジャンル小説
というものは、常に枠組みを意識させられるものでもある。
 よく歌舞伎にたとえられることであるが、ジャンル小説は一種の様式を持
っている。それでいて、その様式は、これも歌舞伎のように絶えず流動し、
変容しつつ、伝承される。朝松健はまちがいなくこうした手法に自覚的な作
家である。実際、歌舞伎を題材とした作品を上梓していることなども、その
ことを示しているだろう。
 様式とは、「世界」の枠組みだ。一幅の絵を飾る額縁のようなものだ。
個々の作家はその額縁をどこかで意識しながら、決まり芝居の楽しさを追求
したり、一定の枠組みからあえて踏み外そうとしたり、おなじみの物語に新
しい要素を付け加えようとしたりする。
 ひとりの作家が付け加えたものは、別の作家が援用し、あるいはひねりを
加え、あるいは否定し――そのようにして受け継がれていく。それは確固た
る木製の額縁ではなく、波打つようにして緩慢に揺れる額縁だ。
「世界」はしたがって、新たな作品が上梓されるたびに広がっていく。まる
で神話のように。
 そして読者は絶えず変化するそのジャンルの海図を片手に書店の棚を渉猟
する。

 朝松健が物語構築の技法に極めて自覚的な作家であり、また、その作風が
各ジャンルフィクション――怪奇映画、アクション映画、西部劇、内外のフ
ァンタジックなテレビドラマ、ホラー小説、伝奇小説――の枠組みを継承し
つつ独自性を出すことを目指しているということはまず間違いのないところ
だ。
 朝松健の創作においては、フィクションがフィクションを生んでいる、と
いう言い方もできるだろう。
 では、『肝盗村鬼譚』には、朝松健の実体験は反映されていないのか。
 本特集のテーマは「北海道とSF」であるが、『肝盗村鬼譚』は、冒頭に
記したように、実際の北海道が描かれているとは言い難い作品である。はた
して本当に両者に関わりはないのか。

         *

 既存のフィクションを自家薬籠中のものとして新しい作品に構築しなおす
テクニックに優れた作家の描く作品には、作家の内面が物語の表面にあらわ
れづらい。それは形式の中に閉じ込められた形で表出される。
 見えないからといって、内面が空虚であるわけではない。およそ創作にた
ずさわる人間が、自らの狂気、自らの渇望、自らのコンプレックスと無縁で
あろうはずもない。それを作品として世に出すにあたってどの程度抑え込む
かという、テクニックの問題である。
 逆説的ではあるが、物語の構造に自覚的で作中に内面をさらさない作家
は、物語の構造に自らを仮託することをテクニックとして身につけているか
らこそ自覚的なのである。
 それでも、漏れ出した自我が見える。見えてしまう。どこにかと問われれ
ば、それは、ディテールだ。物語の構造そのものは枠組みの中にある程度お
さまるのだが、ディテールはそうはいかない。
 それは通常、人物造形において顕著であるのだが、こと『肝盗村鬼譚』に
おいては、ほとんどそうしたものが見られない。もしかしたら、単に本作が
キャラクターの活躍を描くタイプの作品とは異なるからかもしれない。代わ
って際立ったものを見せるのは、たとえば、こうした場面だ。

 母屋の廊下を行くにつれ、水をうったような硬い静けさに包まれてい
たのが、少しずつ溶けていき、人の気配やさざめきに充ちていく。
 それに合わせて、村の者らしい初老の男や老女などが、廊下の窓を通して
中庭に見かけられてくる。
 かれらは道南の方言で、なにやら声高に話し合っていた。
 村の〝年寄り講〟に集まった帰りででもあろうか。
 そうした人々のまわりでは、まだよちよち歩きの幼児や、小学校就学前ら
しい子供などが遊んでいた。
 ただし、老人たちの躾がしっかりしている様子で、どの子も追いかけっこ
をしたり、喚いたり、ふざけ合ったりはしていなかった。
 夕日が差しこむ母屋の中庭で、年寄りと子供のみが、静かにたまっている
有様は、文弥に、ふと夢を見ているような気分を抱かせた。


 本文では、このあと年寄りたちが主人公たちに向ける目線の気味悪さが語
られる。引用箇所は段階を踏んで恐怖を盛り上げるための、俗に言う「た
め」に過ぎない。もっと筆者が工夫を凝らした、もっと陰惨で、もっと想像
力に充ちた描写はいくらもある。
 にもかかわらず、やはりこの描写は突出して優れている。
 他にも、たとえば海岸に咲くハマエンドウの、あるいは夜を照らす灯台の
灯りの、烏賊釣り船の、自転車を走らせる田舎道の――ちょっとした描写
が、朝松健が技巧を尽くして書いたはずのこの世ならざる幻想風景と同じ
か、それ以上の重さを伴って読む者に訴えかけてくる。
 この、ちょっとした描写の見事さは、風景を目にしたときの、冷静であり
ながらどこかセンシティブな作家の視線の表出である。筆者にはそれが、朝
松健が故郷・北海道の風景を視る目線でもあろうと思われてならないのだ。

 現在の北海道経済は、産業全般の苦境と札幌圏の一極集中の問題に悩まさ
れている。
 どの地方であろうと苦境にあることは変わりないのだが、にもかかわらず
と言うべきか、北海道に顕著であるのは就労者の地元志向が強いことだ。
 厚生労働省所管の独立行政法人、労働政策研究・研修機構の調査によれ
ば、道内の大卒者数が一万八千人前後、うち進学が二千四百人ほどで、就業
者数は一万一千人前後。そのうち、道内の就職者割合は六割前後。これが高
卒では八割、短大卒では実に九割が地元志向だという。他県に比べてもこの
数値は高い。(ただし、いずれもリーマンショック前の時点での調査結果で
あり、現在の数値は異なるだろう)
 求職者は札幌へ向かいはするが、なぜかなかなか他県へ行こうとはしない
のである。筆者自身札幌に生まれ、現在も札幌に暮らす者の実感として、道
民にとって「隣県」の意識は極めて低い。これがおそらく最大の原因だろ
う。
 一年のうち四ヶ月以上が雪に覆われ、実に半年はストーブをともすという
自然環境を受け入れざるを得ない日々。言うまでもなく札幌は「開拓」によ
って作られた人工的な町であり、遡っても数代がせいぜいであるから、「故
郷」の感覚も希薄である。
 厳しい自然環境や就労状況は生活においてリアリストであることを否応な
く要求し、しかし共同体に帰属できるほどの何かがあるわけではない都市。
札幌で生きることは、内地――メディアを通じて見聞きする「中央」――か
らの阻害と孤立を絶えず意識させられるということだ。さらに個人的な実感
に偏ることを承知で言えば、リアリストになれない一部の人間は、過度のロ
マンティストになり、その疎外と孤立が個人の内面に深く染みこんでいくこ
とから逃れられない。

 朝松健が『肝盗村鬼譚』の原型となる短編に着手したのは、札幌オリンピ
ックのころ。まだ夜が暗かった時代だ。青函トンネルの営業開始は一九八八
年であるから、それ以前、「中央」はいまよりも遙かに遠かった。現在でこ
そヒートアイランド現象などにより気温の上昇がみられるが、かつての札幌
はもっと寒く、もっと雪も多かった。長い冬と、長い夜の町。
 そんな町で育った朝松健は、十四歳のある夜に、ラヴクラフトとの出会い
を果たしたと述懐する。
 このとき彼が体験したものはなんだったか。単に優れた創作に出会い、胸
を打たれたのか。
 違う、と筆者は考える。
 それは、人間の想像力が生むもうひとつの世界の存在との出会い、ではな
かったか。もちろんそれまでにも数多の想像力との出会いはあったにせよ、
ここにこそ別世界の夢の残滓があると思ったのではないか。

 何者も、読書の自由を奪うことはできない。もちろん、読書の自由が、正
しく物語進行上の技法や作者の意図を読み取ることと矛盾しないものである
のは、わざわざ断るべきことでもない。そうではなく、読書とは本来的にク
リエイティブな行為に近いものであるという意味だ。
 わたしたちは読書するとき、皆、「窓」を持つ。
 それは、わたしたちが生きるこの現実世界の向こうへと続く「窓」だ。わ
たしたちは書籍を手に取ることによって誰でもその「窓」を持つことが可能
となる。フィクション作品の優劣を判断する際にはさまざまな評価基準があ
るだろうが、少なくともそのひとつは読む者にいかに「窓」の存在を知らし
めるかであると言ってもいいだろう。
「窓」の向こうを見ることの限りにおいては、わたしたちはすべてのものか
ら自由である。作者の意図すら越えて自由なのだ。
 そうして、一度この「窓」の存在を知ってしまった者は、現実の世界に加
え、もうひとつ「窓」の向こう側の世界を、常に二重写しのように視てしま
う。幻視してしまう。あの角を曲がったら、あの黄昏の向こう側に、もうひ
とつの世界があるのではないかと思ってしまう。
 長い冬と長い夜の町に暮らす人々にとっては、なおさら。

『肝盗村鬼譚』に見られる村の老人たちの描写やハマエンドウの咲く浜の描
写が持つ、どこか切なさを伴う目線というのは、「窓」の存在を知ってしま
った朝松健が故郷の風景を幻想との二重写しによって見ていた記憶の残像な
のではないのだろうか。

 誰もが似た経験をしているだろう。
 たとえば風邪をひき、熱が出て、小学校を休んでしまった冬のある日。両
親は外に出かけ、自分ひとりが布団で横になっている。ストーブの上に載せ
られた薬缶が湯気を吐き、ガラス窓には水滴がついて外の景色はぼやけて見
え、ふだんは気にならない時計の針の音がやけにうるさく聞こえる午後。ふ
と、思う。世界にはいま自分ひとりだけが存在して、窓の向こうには何か得
体の知れないものが歩き回っているのではないか。
 たとえば雨の夜。風が窓を叩く。道南の一部を除き、北海道の家には瓦屋
根がほとんど見られない。雪が落ちるようにと急角度に作られたトタン屋根
からは雨水が滝のように激しく落ちる。ふと、思う。あの暗闇の向こうに、
何かがうずくまっているのではないか。
 ――そうした、ほとんどプリミティブと言っていい感覚。
『肝盗村鬼譚』の、ごくなんでもないシーンの優れた描写力が読者に与える
感情は、これに近い。
 実は、朝松健の最大の特質は、オカルトやホラーの篤学であることでも、
ストーリーテリングに優れた作家的手腕でもなく、ひとえにその幻視力にあ
るのではないかとすら筆者には思えるのだ。

 そうであるなら――
 もしかしたら、『肝盗村鬼譚』は、あの「窓」の向こうを追い求めてやま
ない人々を導く、「希望の書」なのかもしれない。
 人に想像力がある限り、神話への旅は続いていく。(松本寛大)


引用資料

朝松健『肝盗村鬼譚』角川ホラー文庫
橫溝正史『獄門島』角川文庫
深沢七郎『楢山節考』新潮文庫
『幻影城』一九七八年一月号

独立行政法人 労働政策研究・研修機構 労働政策研究報告書
地方の若者の就業行動と移行過程
www.jil.go.jp/institute/reports/2009/0108.htm


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